引導文
引導文
いんどうもん
死者を引導する際に導師が諷唱する文章。
本宗の引導文は、ご宝前に向って死者の身分・年齢・法名などを言上し、寂光土への摂取引人を乞い奉る部分と、死者の棺槨 (遺骨)に向い、音声を改めて教訣を授ける部分とから成るのを通例とする。
これは本宗の葬式では、死者の成仏は本仏の大慈悲と妙法の経力と被葬送者の信心とが相依って実現するのであって、導師は儀式の主導者であり死者の案内者である、という考え方に立つからである。
教訣の部分は法華経・論釈・祖書等の中から悟道の要文を選んで綴るのを原則とする。
もし引導に併せて死者の遺徳を讃嘆する場合は、ご宝前の言上が終って教訣授与に入る前にこれを行うのが通例である。
副導師か鏧座がまず嘆徳文を諷誦し、次に導師が教訣を授ける方式もある。
この場合は、両者の内容が重複しないようにあらかじめ配慮することが望ましく、深草の日要は、「もし嘆徳文に悟道の句があれば、導師の引導文は今此三界等の文を唱えて、あっさりとすませるべきだ」(『増補塔婆銘書』下)と言っている。
文章の内容は典雅にして哀情をつくし、諷誦の声調は荘重にして慈心に満ち、独り死者を引導するのみならず、参列者をも感悟せしめるに足るものでなければならない。
引導文のみの時は、暗記して諷誦するのが普通であるが、初心者は奉書などに謹書したものを用いてもよい。
〈参考例〉
(1)檀信徒用(男女共通)
南無久遠実成大恩教主本師釈迦牟尼仏、南無証明法華経多宝大善逝、南無十方分身三世の諸仏、南無上行無辺行浄行安立行等本化地涌六万恒河沙の諸大薩埵、南無文珠普賢弥勒薬王薬上勇施妙音観音等迹化他方来の大権の薩埵、総じては正像未弘輪円具足大曼茶羅勧請の諸尊、別しては南無末法有縁の大導師高祖日蓮大菩薩、○○山開山以来歴代の先師、珠には閻羅法王五道の冥官冥衆等に申して白さく、今爰に○年○月○日○○歳を娑婆の一期とし、有為の火宅を去って無為の本土に帰する一霊魂有り。
その俗名を改転し法名を授与して○○と号す。
此は是れ法華経受持の檀越(信徒)なり。
仰ぎ願はくは、上来勧請の諸尊、哀愍納受の御手を垂れて、霊やを寂光の宝刹に摂取引入したまへと尓か云ふ。
(以上ご宝前に向って言上。
終って棺前に進み、声調を改めて次の如き教訣を授与する)。
霊や密(ひそや)におもんみれば、この妙法蓮華経は、一心の本源、諸仏の本師、万法の正体、衆生の帰する所なり。
霊や宿福深厚にしてこの大法を受持せり。
直に同上に至らんこと、何ぞ疑ふべけんや。
然りと雖も、今この永訣に臨み、汝に悟道の要文を授けん。
謹んで諦聴思念、以て即身成仏の真因とせよ。
大覚世尊示して曰はく、「如来は如実に三界の相を知見す。
生死の若しは退若しは出有ること無く、亦在世及び滅度の者無し。
実に非ず、虚に非ず、如に非ず、異に非ず、三界の三界を見るが如くならず。
斯くの如きの事、如来明らかに見て錯謬有ること無し、」と。
此は是れ誠諦の金言にして、得道の最要なり。
然れば則ち、生死の二法は一心の妙用、有無の二道は円融の真徳なり。
故(かるがゆゑ)に妙楽大師釈して曰はく、「当知身土、一念三千。
故成道時、称此本理、一身一念、遍於法界」と。
高祖大聖人、観心本尊鈔 に示して曰はく、「夫れ始め寂滅道場華蔵世界より沙羅林に終るまで五十余年の間、華蔵・密厳・三変・四見等の三土四土は、皆成劫の上の無常の土に変化する所の方便・実報・寂光・安養・浄瑠璃・密厳等なり。
能変の教主涅槃に入れば、所変の諸仏随って滅尽す。
土も又以て是くの如し。
今、本時の娑婆世界は、三災を離れ四却を出でたる常住の浄土なり。
仏既に過去にも滅せず、未来にも生ぜず。
所化以て同体なり。
此れ即ち己心の三千具足三種の世間なり、」と。
又、当体義鈔に示して曰はく、「正直に方便を捨てて但だ法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱ふる人は、煩悩・業・苦の三道、法身・般若・解脱の三徳と転じて、三観三諦即一心に顕はれ、其の人所住の処、常寂光土なり。
能居所居、身上色心、倶体倶用、無作三身の本門寿量の当体蓮華の仏とは、日蓮が弟子檀那等の中の事なり。
是れ即ち法華の当体自在神力の顕はす所の功能なり。
敢て之を疑ふ可からず、之を疑ふ可からず、」と。
霊や、今この処に霊やが棺槨を安置し、親族故旧相集ひて葬送の儀を修し、経を誦し香を焚き、以て霊やを霊山に送る。
霊や去来有ること無し。
此は是れ化城のみ、宝処は近きに在り。
此の宝乗に乗じて、直に道場に至り、宝蓮華に坐して、等正覚を成ぜん。
南無妙法蓮華経。一遍乃至三編
(2)檀信徒用(男女共通)
(言上如法)
今、汝に悟道の要句を示さん。
謹んで諦聴諦聴、善く之を思念せよ。
長夜の夢ここに結して今暁忽ち覚めたり。
真如の大徳は山川に満ちて、凡無く聖無く邪正無し。
心性の華開いて宝蓮に坐せよ。
竊に以(おもん)みれば、霊や宿福深厚にして仏語実不虚の妙典を持ち、一心欲見仏の大志を懐く。
夫れ為説無上法の大乗は本地本来難思の妙境なり。
慧光照無量の実智は為説種種法の権を開し、久修業所得の三身は現有滅不滅の迹を融す。
三千の依正は有情の一念に越え、十界の身土は悉く無作の三身を成ず。
痴迷茲に尽き、本覚茲に立つ。
三身他に非ず、即ち放逸著五欲の当処なり。
伽耶忘るるに非ず、是れ種種宝荘厳の報土なり。
迹居本を移さず、蝶夢荘を変せず。
常説法教化の法輪は没在於苦海の水底に転じ、神通力如是の妙用は令入於仏道の真田を開いて、順逆共に脱し、信諦併びに入る。
宝樹多華果の花は馥郁として而生渇仰心の袖に薫じ、常在霊鷲山の月は団円として堕於悪道中の闇を照す。
誠に是れ如医善方便の良薬、寧ろ救諸苦患者の大法に非ずや。
況や亦世尊に毎自作是念の誓あり、衆生に得入無上道の分あり。
脚下寸歩を移さずして我浄土不毀の真境に到り、頭髪毛端を動かさずして速成就仏身の頓悟を感ぜん。
荊渓尊者に云く、「豈に伽耶を離れて別に常寂を求めんや。
寂光の外に娑婆有るに非ず、」と。
吾が祖大聖人、持妙法華問答鈔に曰はく、「因身の肉団に果満の仏眼を備へ、有為の凡膚に無為の聖衣を著けぬれば、三途に恐れなく、八難に憚りなし。
七方便の山の頂に登りて九法界の雲を払ひ、無垢地の園に花開け、法性の空に月明らかならん。
是人於仏道決定無有疑の文憑(たの)みあり。
唯我一人能為救護の説疑ひなし、」と。
納収在識、永却不失。
薩達磨芬陀利伽素多覧南無妙法蓮華経、元品の無明を切る大利剣南無妙法蓮華経、生死の長夜を照す大灯明南無妙法蓮華経。
(3)檀信徒用(女人)
(言上如法)確爾として宿業を転じ、順如として来縁を結ぶ。
実性は有に非ず無に非ず、男女異相無し。
妙理は我無く人無く、真俗変遷せず。
三従の罪籠を脱却し、五障の蓋纒を踢倒す。
随迷随悟、時時円妙を識り、即身即仏、歩々宝蓮に乗る。
経に曰く、深達罪福相、徧照於十方。
微妙浄法身、具相三十二。
(4)小児用
本月本日、この道場に棺槨を安置し、葬送の儀を修する所の一霊魂あり。
その凡名を転じ、法名を授けて○○童子と号す。
新帰寂の霊は、幼稚にして未だ妙法の深旨を信解すること能はずと雖も、宿福の縁あって一乗受持の家に生れ、自ら誦経唱題の声を識神に宿す。
亦是れ妙法受持の一清信童子なり。
仰ぎ願はくは、本仏大悲の本願力、本法不思議の自然力、本化大慈の救済力、閻王瞑護の慈悲力を以て、速に霊や寂光の宝刹に摂取引導したまへと爾か云ふ。
(以上御宝前に向って言上。
終って棺前に進み、音調を改めて次のような経文・祖文等を朗唱する。
)
経に曰く、今此の三界は皆是れ我が有なり。
其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり。
面も今此の処は諸の患難多し、唯我れ一人のみ能く救護を為すと。
又曰く、童子の戯れに沙を聚めて仏塔と為せる、若しは草木及び筆或は指の爪申を以て画いて仏像を作せる、若しは一華を以て画像に供養し、或は復但だ合掌し、乃至一手を挙げ或は復少し頭を低れ、此を以て像に供養せるものは、漸く無量の仏を見たてまつり、自ら仏道を成じき、と。
宗祖大聖人、四信五品鈔に示して曰はく、「小児の乳を含むに、其の味を知らざれども、自然に身を益す。
耆婆が妙薬、誰か弁へて之を服せん。
水心無けれども火を消し火物を焼く、豈に覚有らんや。
濁水心無けれども月を得て自ら清めり。
草木雨を得て豈に覚有って花さくならんや。
妙法蓮華経の五字は、経文に非ず、其の義に非ず、唯一部の意のみ。
初心の行者、其の心を知らざれども、而も之を行ずるに自然に意に当るなり、」と。
霊や夫れ親りに三仏の顔貌を拝し、速かに心蓮を開いて勝妙の大果報を得よ。
毎自作是念、以何令衆生、得入無上道、速成就仏身。
是人於仏道、決定無有疑。
南無妙法蓮華経。
(1)慎み敬て南無輪円具足未曽有之大曼陀羅、別頭の三宝、高祖大士、大慈照鑑の御前に於て、醍醐一実の妙経を読誦し、茲に双柿院始終道遙居士送葬の儀式を挙行し、聊か菩提の資糧に擬せんと欲す。
惟ふに、居士が生前に於いて、教育に、著述に、翻訳に、演劇に、各方面に遺されたる功績は、枚挙に遑あらず。
珠に彼の半生の心血を傾注せる「沙翁全集」四十巻を完訳せられたるが如き、更に全財産を投じて財団法人国劇向上会を設立せられたるが如き、是れ皆常人の能くせざる所、居士が晩年の三大事業とも称すべく、永へに世に光輝を放つべし。
然しながら此等の大功績は衆人既に之を知る、吾亦何をか言はん。
唯我等の記憶して忘れざる一事は、居士が曽て日蓮大聖人を鑚仰して「法難」を著し、芸術布教の端緒を開きし事是れなり。
大聖人の偉大なる人格教義を芸術に寄せて世に紹介し、俗悪なる世相を浄化せんと努められたるは誠に賢明にして、是れ吾等宗徒の特に敬慕する所なり。
居士は又常に塵外の理想境に逍遙して自ら之を雅号に寓し、厳粛高潔なる人格者となりしも、或は大聖人に感孚し霊化せられたる結果に非ざるなき乎。
(略)予は是れより錦上花を添ふるの趣旨に依り、茲に悟道の要句を述べて菩提の資糧に供す。
居士は莞爾として納受せらるべし。
「今此の三界は皆是れ我が有なり、其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり、而も今此の所は諸の患難多し、唯我一人のみ能く救護を為す。」
是れは之れ吾等が為には主師親の三徳を具へ給ふ大聖釈迦牟尼仏の教詔なり。
更に進んで寿量顕本の砌、「毎に自ら是の念を作す、何を以てか衆生をして無上道に入り、速に仏身を成就することを得せしめん」と誓ひ給ふ。
此の大慈大悲の覚体を本覚無作三身如来といふ。
居士既に此の本仏に帰依し、一念随喜の信を生ず、故に速に大菩提を成ず。
宗祖大士即身成仏を教へて曰く、「正直に方便を捨てて但法華経を信じ、南無妙法蓮華経と唱ふる人は、煩悩業苦の三道、法身般若解脱の三徳と転じて、三観三諦即一心に顕れ、其の人所住の処常寂光土なり。
能居所居、身土色心、倶体倶用、無作の三身、本門寿量の当体蓮華の仏とは、日蓮が弟子檀那等の中の事なり。
是れ即ち法華の当体自在神力の顕す所の功能なり、敢て之を疑ふべからず、之を疑ふべからず」等云々。
上来略して即身成仏の要道を述ぶ。
納取在識、永却不失、南無妙法蓮華経。
昭和○○年○○月
日円山妙法寺第三十一世嗣法 某 和南
(2)地厚院殿梅香日恵清大姉歎徳併引導文
今月今日、如説修行者故加藤むめ江が舎を荘厳して本門の道場と為し、南無久遠実成本師釈迦牟尼仏・南無証明法華多宝大善逝・南無上行無辺行浄行安立行等本迹両門の諸大薩埵、珠には末法有縁の大導師高祖日蓮大菩薩、新井山開山大宣院日讃上人等の来臨影嚮を請ひ奉り、一会の清衆と共に大乗妙典を読誦し、新帰寂地厚院殿梅香日恵清大姉葬送の式を厳修するに当り、大姉が行実の一端を摘んで遺徳を嘆揚し、経偈祖判を諷誦して霊やを引導せんと欲す。
状を案ずるに、大姉、本姓は岡部氏、名はむめ江。
明治十九年六月十四日、山形県東田川郡広瀬村後田に出生す。
父は覚盈と号し、世世医を業とす。
母はつた。
大姉は其の次女なり。
幼にして智慧利根、長じて山形県立鶴岡高等女学校に学ぶ。
夙に才媛の誉れ有り、卒業に際して県知事賞を授与せらる。
大正二年一月、故加藤天淵先生に嫁するや、貞淑を以て夫君に仕ふ。
天淵先生の栄誉ある生涯は、大姉が内助の力に依るもの極めて多し。
又、大姉は先生の門に出入する学徒を接遇すること甚だ厚く、門人皆深く之を徳とす。
昭和三十三年十二月、天淵先生の易簀せらるるや、隠居して朝に妙経を誦し、夕に題目を唱へ、以て夫君の菩提を弔ひ、兼ねて自身の得脱に資すること殆ど十五年なり。
近年身体漸く衰老せりと雖も、気力はなほ旧の如く、鼓を撃って玄題を唱ふること、未だ曽て暫くも廃せず。
然るに今夏の猛暑の故にや、去月中旬より四大の不調を訴へ、薬石介抱も験なく、九月一日午前三時十分、安詳として天寿を全うし畢んぬ。
行年八十有七歳なり。
是より先、大姉は四男二女を挙げ、善く之を成人せしめたり。
唯憾むらくは、長男祥正氏、郷里大淵に在って医を業とせしも、一昨年春大姉に先立って逝く。
遺族は老親の落胆せんことを慮って其の実を告げず。
日新もまた情を知りて敢て言はざりき。
大姉霊山浄土に至って之を知り給はば、其の驚きや如何。
又聞くならく、昭和二年四男祥肆君の疫病を以て夭逝するや、悲嘆措く能はず、遂に立正婦人会長松平俊子夫人によって法華経に値遇す。
尓来自ら信行研鑽に力め、晩年には宗祖の遺文を拝読して手に巻を釈かず。
韋編為に断たんとするや、手づから補修して之を用ふ。
今霊前に供ふる所の霊良閣蔵版縮刷日蓮聖人御遺文一冊是れなり。
真に宗徒の亀鑑を称すべし。
大姉は天性頗る花を愛し、大久保より現在の地に移るや、広大なる庭内に四季の花を植ゑ、時にまた蔬菜を毓て、自ら耕し自ら耘る。
児孫皆既に其の処を得て憂なく、法悦歓喜以て晩年を自適す。
功徳甚多の生涯と謂ふべきなり。
不肖日新、曽て樸学を以て天淵先生の門に及ぶ。
故を以てまた大姉の厚遇を蒙ること年有り。
曩に先生の葬儀を督し、今また大姉が霊を葬送す。
宿縁真に浅からず。
豈感慨なきを得んや。
大姉既に身口意に妙法を受持す。
直至道場何ぞ疑ふべけん。
然りと雖も、今この永訣に臨み、悟道の要文を示さん。
経に曰く、毎自作是念、以何令衆生、得入無上道、速成就仏身と。
又曰く、於我滅度後、応受持期経、是人於仏道、決定無有疑と。
宗祖大聖人観心本尊鈔に示して曰く、今本時娑婆世界、離三災出四却常住浄土。
仏既過去不滅、未来不生、処化以同体。
此即己心三千具足世間也と。
納収在識、永去不失。
南無妙法蓮華経
維時昭和四十八年九月二日
新井山大乗院第三十九世 某 和南
その他、未信者のための引導文があるが、それらは『宗定日蓮宗法要式』等を参照。
《『唱諷集』、『嘆徳集』、『増補塔婆銘書』、毘尼蕯台巌『諷誦嘆徳要文集』、増田海円等『日蓮宗礼誦要編』、北尾日大『日蓮宗法要式』、『宗定日蓮宗法要式平成版』、宮崎英修『新編日蓮宗信行要典』堀之内妙法寺『自観院日正上人遺稿』、日蓮宗宗務院『昭和慶弔文例集』》(戸田浩暁)