にょらい
梵語tathāgata、多陀阿伽度(妙荘厳王品)は音訳。
仏の十号の一。また、如来の十号の一が仏であるという解釈もある。
如実より到来した者の意。
仏は真如の理を証得し(自覚)、迷界に来て衆生を救済し給うて(覚他)自覚覚他覚行円満した存在であるが、如来は主として覚他の面を表し、自覚の面を表するときは「如去」と訳される。
『十住毘婆娑論』一に如来の十一義を出して解説する。
《『遺文辞典』歴史篇「如来」の項、『広説仏教語大辞典』「如來」の項、『日蓮辞典』『新版仏教学辞典』『岩波仏教辞典』「如来」の項、『天台学辞典』「如来」「三身」》