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観心本尊

かんじんほんぞん #4743

観心本尊

かんじんほんぞん

如来滅後五五百歳始観心本尊抄』に観心本尊の語が出る。
その訓み方については古来諸説紛々たるものがあるが、整すれば三類となる。
これは本抄を観心の抄と見るか、本尊の抄と見るか、観心と本尊との抄と見るかの根本的態度の相違により、「心の本尊を観ず」「観心の本尊」「観心と本尊」の三種の訓み方が生まれたのである。
観心の抄と見る者は、本抄は事観を示して天台の理観に殊勝するところを顕すにあり、事観とは即ち能観の題目と所観の本尊であるとするもので、優陀那院日輝の『本尊鈔略要』等はその代表的意見である。
次に本尊の抄と見る者は、正像未弘の大本尊を示さんがために、その能顕の教義として事の一念三千観を説くのであって、観心は本尊を顕出するための能顕の方法に外ならないとするもので、心性日遠の『本尊抄私記』等はその代表的意見である。
三に観心本尊との抄と見る者は、本抄を内容通りに、何れにも軽重を置かず、これを認めようとするもので、即ち三秘中の二秘たる本門の題目と本門の本尊とが本抄で説示されたとする。 日好の『扶老』等がその代表的意見である。
ここから観心本尊に対して教門本尊を併置して本尊義を分別する意見が、既に正行日源、行学日朝(一四二二-一五〇〇)らに見え、根幹は十界勧請大曼荼羅を観心本尊、一尊四士を教門本尊とする。 異見もあるが、それはこの分別に対する合化の動きに外ならない。
大曼荼羅を観心本尊とするのは、『観心本尊抄』に既に明瞭なように、その能観の題目も所観の本尊も一念三千から出発し、一念三千の理を化・有相化したものに外ならない。
そしてここに示された本尊の相貌は「其の本尊の体たらく、本師の娑婆の上に宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼・多宝釈尊の脇士は上行等の四菩薩。 文殊・弥勒等の四菩薩は眷属として末座に居し云云」(定七一二-三頁)とあり、文章上からは全く大曼荼羅の儀相の説示に外ならない。
ましてその九〇日ほど後の七月八日に初めて大曼荼羅を始顕されたとすれば、大曼荼羅は正しく一念三千観の所産である。
しかも元来、一念三千は観心修行の方法を説く『摩訶止観』第七正修章にのみ説き示される所観の理境であり、『法華玄義』『法華文句』で語られた十界互具・百界千如の道理を三千世間と表現し、これが一念に具足されると示すところを一念三千と称するのである。
しかも『摩訶止観』では十境十乗の観法を凝らして、遂に理観が成就したところに顕現する見仏の功徳であるところを、三千世間を十界にしぼり、これを図示して、凡夫も常に見ることのできる仏界としたのが大曼荼羅であるから、これを観心本尊というのである。
《『日蓮聖人御遺文講義』三、望月歓厚『日蓮宗学説史』、執行海秀日蓮宗学史』》

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