妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

本師の娑婆

ほんしのしゃば #3404

本師の娑婆

ほんしのしゃば

本師とは久遠実成の釈尊を指し、その久遠本仏の住せられている土をいう。
この語句は『観心本尊抄』に「其の本尊の為体(ていたらく)、本師の娑婆の上に宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏、釈尊の脇士は上行等の四菩薩、文殊・弥勒等は四菩薩の眷属として末座に居し」(定七一二頁)とある文中に見え、本門の本尊の体相を説き明かされる段に示されている。
その説法は虚空会上であって、それは見宝塔品のとき多宝如来の宝塔が涌現し、釈尊は娑婆世界を三変土田されて通一仏土の浄土に変ぜられ、説法は霊山会より虚空会と移行したのである。
そして本門従地涌出品より嘱累品にいたる八品の説法の儀式は、まさしく本尊の体相を示し、妙法蓮華経の五字・七字が本化の菩薩に付嘱されたのである。
この本門においては釈尊の久遠実成が開顕され、そのことによって依報である娑婆同居士に即して、久遠本時の常寂光土が顕されたのである。
この久遠実成の釈尊は常に娑婆世界に居住され、娑婆を本土とされることから「本師の娑婆」という。
観心本尊抄』四十五字段に「今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出たる常住の浄土なり」(定七一二頁)とあるのは、この「本師の娑婆」と同一の常寂光土である。
前者は発迹顕本された久遠無始に約して「本時の娑婆世界」と表現され、後者は法華経の説相に従って本尊を示し、とくに仏に約して述べられているため「本師の娑婆」と表現されたのである。
それは日蓮聖人が説法の会座に列なり、その説相を信仰的事実として受けとめられていることから、「本師の娑婆」と記されたものであろう。
本師の娑婆(霊山)は久遠本時の常寂光土であり、また我等衆生が現実に居住するこの世界でもある。
寿量品に説かれる娑婆即寂光とはこの意味である。
《『遺文辞典』教学篇「本師娑婆(ほんしのしゃば)」の項》

← 事典トップ