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多宝如来

たほうにょらい #1297

多宝如来

たほうにょらい

多宝は梵語Prabhūtaratnaの訳で、大宝、宝勝とも訳す。
法華経見宝塔品において、七宝をもって荘厳せる大宝塔に乗じて大地より涌出し、法華経の真実義なることを証明した
東方宝浄世界の教主で法華経の証明を誓願とする。
多宝如来の因縁を明して「乃往過去に東方の無量千万億阿僧祇の世界に、国を宝浄と名く、彼の中に仏います。号を多宝という。其の仏、本菩薩の道を行ぜし時、大誓願を作したまわく、若し我れ成仏して滅度の後、十方の国土に於て法華経を説く処あらば、我が塔廟是の経を聴かんが為の故に、其の前に涌現して、為に証明を作して讃めて善哉と言わん」と説かれているのが、多宝如来の過去・現在を説き明かした文である。
多宝如来は入滅の後、本願をもって全身舎利となり、諸の法華経説法の場に必ず出現してその説法を証明するのである。
今の釈尊の霊山法華の会座へも、その本願によって大地より宝塔を涌出せしめ塔中より大音声を出して「善哉善哉、釈迦牟尼世尊、能く平等大慧・教菩薩法・仏所護念の妙法華経を以て大衆の為に説きたまふ。是の如し是の如し。釈迦牟尼世尊、所説の如きは皆是れ真実なり」と証明したのである。
これを多宝の証明、または多宝の証明という。
そして多宝如来は塔中の自分の座を分って釈尊を坐せしめ、釈尊は宝塔の中に入り多宝如来と並んで坐し、ここに二仏並座して虚空会の儀式が始まり、法華経の中心思想が説き出されるのである。
このように多宝如来は法華説法の証明のために存するで、法華経中では重要な役割を担っているのである。
日蓮聖人は遺文中にしばしば「釈迦・多宝」と並べ記して、多宝如来の証明を法華最勝の論拠の一つとしている。
この多宝如来について天台大師智顗は『法華文句』巻八下に「多宝は法仏を表し、釈尊は報仏を表し、分身は応仏を表す。三仏は三なりと雖も而も一異ならず、応に此の如く説き此の如く信解を作すべきなり」と釈している。
多宝如来の涌出は多宝の一体に一切諸仏の真法身を摂して、一切諸仏国土の同一法性なることを示し、一塔並座は化仏非化仏法仏報仏等が共に皆大事を成ぜんがために示現せるものであることを顕すというのである。
なお多宝如来の説法の事について『大智度論』巻七に「諸仏有れども人の請ふこと無ければ便ち涅槃に入りて法を説かず。法華経の中の多宝世尊は人の請ひ無きが故に便ち涅槃に入り、後ち仏身及び七宝塔と化し、法華経を説くを証するが故に一出現するが如し」と説かれている。
《『遺文辞典』歴史篇「多宝仏」の項、『広説仏教語大辞典』「多寶如來」の項、『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「多宝如来」の項》

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