二仏並坐・二仏並座
二仏並坐・二仏並座
にぶつびょうざ
法華経見宝塔品より嘱累品に至るまで、多宝塔中に釈迦牟尼仏と多宝如来が並び坐したことをいう。
即ち法華経の会座において迹門正宗分の説法が終り、流通分に入るや忽然として大地より宝塔が涌出して霊山の空中に住在した。
大衆の請によって釈尊はその塔の扉を開くや、多宝如来は宝塔の中の獅子座に坐して全身散ぜざれること禅定に入るが如きであった。
その時多宝如来は宝塔の中に在って半座を分けて釈尊を坐せしめた。
これを二仏並坐という。
多宝は法仏及び定を表し、釈尊は報仏及び慧を表し、並坐は不二、一如を表すから、この二仏並坐は法報不二、定慧一如を表すという。
即ちこの二仏並坐は応身仏の根本としての報身仏たる釈尊と、教法の真理を象徴する永遠の法身仏たる多宝如来、十方の世界において教法を説く分身仏との三仏が一体融通して、永遠に一切衆生を救済することを表徴したものである。
この二仏の左右について異議もあるが、釈迦を右とし多宝を左とするのが正しい。
絵画や彫刻では、北魏時代の中国の石窟に多くの造例があり、日本では七世紀末の奈良県長谷寺の浮彫の銅板法華説相図がもっとも古い。日蓮宗の像では市川市法華経寺五重塔基壇安置の小像の並坐像(一三三五)が古い。彫像では各寺本堂の彫像曼荼羅の上段に造立される。
画像としては法華経曼荼羅図(説相図)、絵曼荼羅などの中に現される。
《『遺文辞典』教学篇「二仏並座・二仏並坐」の項、『日蓮辞典』「二仏並坐」の項、『岩波仏教辞典』「二仏」「多宝塔」の項、『図説仏教語大辞典』「二仏並坐」「釈迦多宝像」の項》