迹門
迹門
しゃくもん
法華経の二八品を前半の一四品と後半の一四品とに分け、前半を迹門と呼び、後半を本門と呼ぶ。
この本迹二門に分けて法華経を理解したのは、東晋の飜訳家として著名な鳩摩羅什の門下である僧肇以来のことであり、特に天台大師によって広く知られるようになった。
古来数多くの仏教学者によって、迹門に関する研究が進められて来たが、なかでも日蓮聖人と天台大師の研究が最も著名なものである。
日蓮聖人によると、『観心本尊抄』の中で、「五重三段」の教判を説き、仏一代の説法を大きく三段に分類し、最初の説法から般若経までを序分、無量義経(開経)と法華経と観普賢菩薩行法経(結経)を正宗分、最後の涅槃経を流通分とする。
また正宗分たる法華経と開結の二経について三段に分け、無量義経と序品を序分、方便品から分別功徳品の十九行の偈に至るまでを正宗分、分別功徳品の後半から観普賢菩薩行法経までを流通分とする。
更に法華経を本迹二門に分け、迹門については、序品を序分、方便品から人記品に至るまでの八品を正宗分、法師品から安楽行品までを流通分とする。
これを「迹門三段」という。
その中心となる正宗分では、方便品で説かれる「諸法実相」や、一念三千の法門の根底をなす「十如実相」及び方便品以下の各品で説かれている二乗作仏等の大事な法門が、次々に示されているのである。
「諸法実相」とは法界のすべての現象のありのままの相(すがた)、真如のことであり、これをまた「十如是」として表現、更に法華経の最も大事な法門たる「一念三千」の法門へとつながっていく。
この一念三千の法門によって、法華経以前の諸経にあっては成仏が認められていない声聞・縁覚の二乗が、悉く成仏の記別を与えられることになり、これを二乗作仏という。
即ち譬喩品ではまず舎利弗が華光如来の記別を受けたのを始め、迹門の諸品で二乗衆の成仏が認められる。
また提婆品では悪人提婆と、畜身竜女の成仏が説かれ、ここに仏の本願たる十界のすべてが成仏を認められ、十界皆成が達成されたことになるのである。
従って日蓮聖人は、「迹門十四品の正宗の八品は一往これを見るに二乗をもって正となし、菩薩・凡夫をもって傍となす。
再往これを勘ふれば凡夫、正・像・末をもって正となす。
正・像・末三時の中には末法の始めをもって正の中の正となす」と述べている。
即ち迹門は仏が末法の凡夫のために説かれた教えである受けとめられている。
さて、迹門の内容であるが、仏は成道以来、数多くの経典を説いて、浅い教えから深い教えへ、低い法門から高い法門へと逐次衆生の根性を向上させ、最後に法華経の迹門へ来たって、究極の法門が示されるに至った。
最高の法門であるから難解難入ではあるが、仏はこれを二乗の人々にわかりやすく、上・中・下三根の者に、よく理解できるよう段階的に説かれていったのである。
即ち上根のためには法説、中根のためには譬喩説、下根のためには因縁説を用いた。
これを迹門の三周説法という。
『観心本尊抄』では、教主は始成正覚の仏であるが、已今当に超過した随自意難信難解の正法であると記している。
この正法は釈尊から天台・伝教へと付嘱され、日蓮聖人によって広く弘められていったのであるが、これを「迹門付嘱」といい三国四師の相承といわれる。
釈尊によって説かれた法華経は、中国の天台大師によって研究され、伝教大師によって受継がれ、更に日蓮聖人によって、色読体験され流布された経過を指すのである。
また迹門で説かれた妙の内容については十妙がある(法華玄義・釈名段)。
即ち、境・智・行・位・三法・感応・神通・説法・眷属・利益の十妙であり、これに心法・仏法・衆生法の三法があり、各々十妙を具しているので三十妙となり、基本の十妙と合せて「迹門四十妙」ともなる。
これは迹門で説かれた妙法の教えの深さと広さを示すもので、この妙の一字の功徳により、すべての者が仏に成ることができるということになる。
迹門の説法ではこのように諸法実相・一念三千・二乗作仏等の崇高な哲理・法門も説かれているが、その反面にはわかりやすく法華経の説を理解させるために、譬喩が用いられている。
その代表的なものをあげると、譬喩品の三界火宅の譬、信解品の長者窮子の譬、薬草喩品の薬草の譬、五百品の衣珠の譬、安楽行品の髻珠の譬等が有名であり、寿量品の良医の譬と合せて法華の七譬といわれている。
特に三界火宅の譬の中では、声聞・縁覚・菩薩の三乗を開会して、一仏乗に帰入せしめようとする開三顕一の教えが説かれている。
しかし日蓮聖人は『開目抄』の中で本迹相対を用い、本門と迹門とを対比して、迹門は十如実相・一念三千の法門を説くが、「いまだ発迹顕本せざればまことの一念三千もあらはれず。
二乗作仏も定まらず。
水中の月を見るが如し、根なし草の波上に浮べるににたり」といい、本門に来たって久遠実成が説かれたことにより、真の一念三千も二乗作仏も定まった法門となるのであると論じている。
これを「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり」ともいう。
従って日蓮聖人は天台が迹門を中心とした法門であったのに対し、本門に重きを置いた法門であったのである。
しかし、迹門を無視したり、不用のものとして扱うのではなく、法華円教の本迹両門として一具の上に立った事理一如の法華経観を持ち、本迹それぞれの所立を容認している。
殊に法華経の行者という場合、宝塔品から始められた付嘱問題として、勧持品で八十万億那由他の菩薩の発誓弘経の言葉である二十行の偈文の色読を意味する。
《『遺文辞典』教学篇「迹門」の項、『日蓮辞典』「迹門」の項、『天台学辞典』「本門と迹門」の項》
(上田本昌)