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一念三千

いちねんさんぜん #47

一念三千

いちねんさんぜん

一念にも三千世を本具するという意味を表す。
出典は天台大師智顗説の『摩訶止観』巻五にあり、止観一〇章の中の第七正修止観章で十境を述べる中の第一観陰入界境を十乗にかけて行ぜしめる中の第一観不思議境の理境結成の文に「夫れ一心に十法界を具す。 一法界に又十法界を具すれば百法界なり。 一界に三十種の世を具すれば、百法界ち三千種の世を具す。 此の三千、一念の心に在り。 若し心無くんばやみなん。 介爾も心有ればち三千を具す。 乃至、所以に称して不可思議境と為す。 意此に在り」とあるのがそれである。
一念とは「介爾も心有れば」に当り、日常飲みたい食いたいと思う妄念である。 後に山家山外では真心か妄心かの論争が起きたが、霊知不昧の真心の如きものではない。 また一念に三千を具するからとて唯心論ではない。 故に『法華玄義』二上の心法釈にも「前に明す所の法(衆生法・仏法)は豈に心に異ることを得んや。 但だ衆生法は太だ広く、心法は太だ高し。 初学に於て難しと為す。 然るに(旧訳華厳経第十夜摩天宮自在品偈に云く)心仏及び衆生、是の三差別なければ、但だ自ら己心を観ずれば則ち易しと為す」とて、観生でも観仏でもよいが、観心が行者にとっては近要であるから一念三千としたのであると。 「一色一香無非中道」とは三大部に常にいうところであるから、一色三千でも一三千でもよく、従って唯心論ではない。
次に三千とは十界互具して百界、百界の一々に十如是を具するから千如、千如は五陰・衆生・国土の三世にわたるから三千世となる。 十界は『華厳経』十地品から、十如是は『法華経』方便品から、三種世間は『大智度論』四七からの取材である。 なぜ十界互具して百界となり、それに十如是を相乗して千如是とし、これに三種世間を相乗して三千世間としたかについては、十界互具の項、百界千如の項を見られたい。
六祖湛然の解釈に従えば「実相は必ず諸法、諸法は必ず十如、十如は必ず十界十界は必ず身土なり」(『金剛錍論』)、つまり経に「諸法の実相」とあるから、実相は必ず諸法万有の実相である。 経に「所謂諸法の如是相」等とあるから、諸法万有に具有される十如是である。 また「諸法」とはこれを段階に区分すれば十界を出ない。 故に「諸法の如是相」等とは十界の如是相等の意である。 十界は正報の身と依報の土とを含んだ語であるから身土にわたる。 身土とは五陰・衆生・国土の三世の意である。 また「一念心に於て十界に約せずんば事を収むること徧ねからず、三諦に約せずんば理を摂すること周ねからず、十如を語らずんば因果備はらず、三世間無くんば依正尽さず」(『弘決』五ノ三)の故に十界と互具(三諦)と十如と三世とを相乗したのである。 かくて成立した三千の法数は諸法の全数量に三千種あるという数量的意味ではなく、一切万有を総括して三千世の名を立てたと見ねばならない。
一念三千という術語の用例は『摩訶止観』には見当らない。 「介爾も心有れば則ち三千を具す」の文に一念三千の名を与え、これを術語化したのは六祖湛然で、例えば止観の各文を解説する『弘決』の文の中に有名な「当知身土一念三千」の文がある。 また一念三千は止観の観陰入界境の観不思議境の所に唯一ヵ所述べてあるに過ぎないが、これが天台大師の教学の結論であることを明示したのも湛然で『弘決』の理境結成の文釈の中に「故に止観の正しく観法を明す(章)に至って、並びに三千を以て指南と為す。乃ち是れ終窮究竟の極説なり。 故にの中に説己心中所行法門と云ふ。 良に以(ゆ)え有る也。 請ふ尋ね読まん者、心に異縁無かれ」と。 一念三千の正観成就が十境十乗観法の終極の帰結であることは第七正観章の構成をよく見れば自明のことであるが、湛然がこれを大師の「終窮究竟の極説」と指定したとき、それは台を学ぶ者の意識下に定着する。 またこれが台学全体系の指南であり、これあるが故に章安灌頂止観を編集し終って、序の中で止観大師の己心中所行の法門を説いたものであると賛嘆したのであり、天台学を尋ね読む者は必ず一念三千を念頭に置いて読めと注意されたことにより、聖人は天台教学の一切を一念三千の四文字で受領した。
一心三観と一念三千との関係は、例えば『修禅寺決』では横に並説されていて不明であるが、一心三観の対境は円融三諦であり、一念三千の対境は三千世間であり、三諦円融は十界互具・百界千如の成立基盤であることは玄文止三大部の十界互具論に明瞭であるから、一心三観の成就において一念三千という不思議境が全現することになる。 一心三観は能成、一念三千は所成である。 これについて『弘決』の同所の次文に「問、此三千は初心の観と為んや、後心も亦観ずるや。 答、初後不二なり」という問答がある。 初心もまた観ずるとすれば、一心三観と並存する如くであるが、初心の一心三観の分修が一念三千の分観となり、後心の一心三観の全修が一念三千の全現となるのであって、あたかも『法華玄義』九下明宗段に『普賢経』を引いて「大乗の因とは諸法実相なり、大乗の果とは亦諸法実相なり」というのと同じ格である。
湛然大師一念三千論を主として「本理一念三千」と称して翼賛したが、その三千論は必ずしも大師のと同一ではない。 例えば『観心本尊抄』の能観題目段は『止観』の「介爾も心有れば即ち三千を具す」の文で始まり『弘決』の「当に知るべし身土一念三千なり。 故に成道の此の本理に称うて、一身一念法界に徧す」で終るが如きで、明らかに聖人も台荊に差を認めておられた。 そして日蓮門下としては大師よりも湛然の方が聖人に近いと見ねばならぬことになる。 これについて江戸末期の優陀那院日輝は具と遍との差であるとしたが、湛然の『金錍論』によれば「遍を示すは是れ体量を示す、具を示すは是れ体徳を示す」とあり、即ち遍とは一体量が広く法界に遍満しているという演繹的存在論(法身)であり、具とは一体徳中に法界万有が性具されているという帰納的存在論(仏性)である。 しかも湛然が遍の次に具を置いたのは、遍が具の基盤をなしていることを示しており、遍の所以について同書に「一仏成道すれば法界は此仏の依正に非ざること無し、一仏既に爾り、諸仏咸く然なり、衆生自ら仏の依正中に於て殊見を生じて苦楽昇沈し、一々皆計して己が身土と為す、浄穢宛然として成壊斯に在り」という。 が成道して法身の理(本理たる身土三千)に称うたとき、その一身一念は法界に周遍して一切皆な仏の依正となる。 このことを「ち三千を具す」というのである。 台は「介爾も心有れば」を条件として三千具足を説いたが、湛然は更に「一仏成道」という条件を付加したわけで、ここに湛然の三千論の方が聖人の本門の一念三千に近い所以がある。
また『法華玄義』『法華文句』等には十界互具・百界千如まで明かし、『摩訶止観』巻五に至って初めて一念三千を明かすこと(これを中古天台の論議では「玄句三千」という)、及び十界互具・百界千如と一念三千との相違は、一念三千は百界千如に三種世間を相乗して成立した法数であるから、身のみならず土にも三千の具足を許すところに特徴があり、土の三千具足とは草木国土にも発心・修行・成仏の可能性を認めることになり、ここに初めて木画二像を本尊に恃む理由が成立するという意見は『観心本尊抄』の冒頭に詳しい。
日蓮聖人佐渡流罪以降、これ等の天台・妙楽の一念三千を理一念三千と規定して、自身の事一念三千観と区別した。 『観心本尊抄』にはこれを「像法の中末に観音薬王、南岳天台等と示現し、出現して迹門を以て面と為し、本門を以て裏と為して百界千如一念三千、其の義を尽せり。 但し理具を論じて事行南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊未だ広く之を行ぜず」(定七一九頁)といわれる。 故に像法相応に対する末法相応、迹門為面に対する本門為面、理具に対する事行を天台に対する日蓮聖人の特色とすることになる。 まず像末相対とは、像法は末法よりも上根上機であり、かつ国土の上でも末法日本に対する像法である。 上根上は観念観法もよいことに就ては『持妙法華問答抄』に「上根上は観念観法も然るべし、下根下機は唯信心肝要也(定二七九頁)、『唱法華題目鈔』に「愚者多き世となれば一念三千の観を先とせず」(定二〇二頁)とあり、中国と日本との差については、中国人は観念観法に長じているが、日本人は無相止観よりも有相行が適していることは、伝教大師が専ら四種三昧の実修を止観業学生に命じた歴史に徴しても明らかなところで、末代日本の庶民にふさわしい行として唱題が選ばれたのである。
次に迹門に対する本門とは、『開目抄』に「迹門方便品一念三千二乗作仏を説て爾前二種の失一を脱れたり。 しかりといえどもいまだ発迹顕本せざれば、まことの一念三千もあらはれず、二乗作仏も定まらず。 水中の月を見るがごとし。 根なし草の波上に浮べるににたり。 本門にいたりて始成正覚をやぶれば、四教の果をやぶる。 四教の果をやぶれば、四教の因やぶれぬ。 爾前迹門の十界の因果を打やぶて、本門十界因果をとき顕はす。 此れ本因本果法門なり。 九界も無始の界に具し、界も無始の九界に備りて、真の十界互具・百界千如・一念三千なるべし」(定五五二頁)と示される。 方便品一念三千がまことでない理由は、一念三千の肝要は人界に仏界を具すとなす点にある(『観心本尊抄』は一念三千十界互具→人界具仏界と展開される)が、人界所具の仏界または人界を能具する仏界が始成正覚の迹果であるは、人界も迹因であって、まだ真ではないからである。 本果が開顕されて遂に九界も本因において価値づけられたとき、九界も界と共に無始常住となって十界常住法界が詮顕される。 これを本門一念三千という。 釈尊の本果成道に立教の基礎をおくから「果上顕現の一念三千」と後世ではいう。
次に理具に対する事行とは、理具はまた性具ともいい、不可見の理性の段階において三千世間を具有するということで、『観音玄義』にも「千種性相冥伏して心に在り。 現前せずと雖も宛然として具足す」とあるから、その具足論が理具であることは明瞭である。 事行とは十乗観法や四種三昧によらず、口に南無妙法蓮華経と唱えることを正行として一念三千の正観を成就することである。 口唱題目によって正観を成就できる由は、妙法五字一念三千の理法を包含するからであって、既に立教開宗の当初から聖人はこの点を示してこられた。 例えば正嘉二年(一二五八)作の『一代聖教大意』(定七一頁以降)、正元元年(一二五九)作の『守護論』(定一一一頁)、文応元年(一二六〇)作の『唱法華題目鈔』(定二〇三頁)等の如し。 この日常の説を総括したのが『観心本尊抄』の第一能観題目段であって、『摩訶止観』所説の一念三千論から説き起し、重々に問答を重ねる中で自然にこれを十界互具にしぼり、更に人界具仏界の問題に焦点を置いたところで、爾前・迹門・本門の教相が示す威風堂々たる教主釈尊が何故に我ら凡夫の己心に住するやという第一八問からが事具三千論となり、これに対する最後的答案が「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。 我等此五字を受持すれば、自然に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ」(定七一一頁)という三十三字からなる自然譲与段である。 「釈尊因行果徳の二法」とは仏界の事的表現、「我等」とは人界、受持→自然譲与とは理具の事具化である。 受持とは口業唱題だけでなく、身に色読し、意に信心する三業受持の意味であることは論をまたない。 そして三業に受持することを像法の十乗観法に代る末代の観心とし、これを事行と称されたのである本抄の最後に「一念三千を識らざる者には、仏大慈悲を起し、五字の内に此珠を裹み、末代幼稚の頸に懸さしめたまふ」(定七二〇頁)とあるのも、右の三十三字段の異表現に外ならない。 故に心中の修行たる理観(無相行)に対して身口に表す事観(有相行)、定慧中心に対する信心為本、道場内での内観・法式に対する社会的実践(色読)を事の一念三千観と称するのであり、末代観心たる唱題とするのであって、唱題の外に観があるのではない。
社会的実践を一念三千とする点は、三業受持の勧めがあることにより了知できるが、更に一、二の聖訓を示せば、『富木入道殿御返事』(治病鈔)に「一念三千の観法に二あり。 一には、二にはなり。 台伝等の御には也。 今は也。 観念すでに勝る故に、大難又色まさる。 彼は迹門一念三千、此は本門の一念三千也。 地はるかに殊也こと也」(定一五二二頁)とあり、「大難又色まさる」ち迫害を受けるところに本門事観たる所以があるとすれば、それは色読を意味することになり、観心から観衆生への移行を「観念すでに勝る」と表現されたと見ることが出来よう。 また『撰抄』に「外典は云く、未萠をしるを聖人という。 内典に云く、三世を知るを聖人という。 余に三のかうみやう(高名)あり。 一には文応元年(略、安国論にて自界叛逆難・他国侵逼難の二難の予言)、二には去し文永八年九月一二日申の時に平左衛門尉に向って云く(略、二難の予言)、第三には去年文永十一年四月八日左衛門尉に語て云く(略、蒙古来の予言)。 此の三の大は日蓮が申たるにはあらず。 只偏に釈迦如来の御神(たましい)我身に入かわせ給けるにや。 我身ながらも悦び身にあまる。 法華経の一念三千と申す大事の法門はこれなり」(定一〇五三-四頁)とあり、観衆生・観国土の結集主に対する亡の警告となったことを示している。 「釈尊が我身に入って我に言をなさしめた。 一念三千とは之なり」とは、一念に三千を具足するとの認識を出なければ、それは理の段階にすぎず、己心に釈尊を具足することを外部に表出するときたる所以が発生することになる。
望月歓厚「日蓮の事の表現」『日蓮教学の研究』、茂田井教亨『観心本尊抄研究序説』、『遺文辞典』教学篇「一念三千」の項、『日蓮辞典』『天台学辞典』『岩波仏教辞典』「一念三千」の項》
(浅井円道)

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