三世
三世
さんぜ
過去・現在・未来。
仏教における世界の時間的区分。
過去(atīta-kāla 過ぎ去ったものの意)、現在(pratyutpanna-kāla 生起したものの意)、未来(anāgata-kāla いまだに来ないものの意)。
略して過現未・已今当ともいい、前世・現世・来世ともいう。
三世が我々人間と深い関連性があるのは、輪廻(saṃsāra)と業(karman)思想との関連においてである。
しかし釈尊の教においては、何よりも現実が問題であり、いたずらに過去と未来にこだわることを却ける。
「過去追はざれ、未来を求めざれ、過去は已に滅し、未来は復た未だ来らず。
而して現在の法を随処に感じ、奪わるる無く、動ずるなく、そこを了知して修習せよ」(阿含中部一三一)。
つまり三世の時の中にありながら三世を超越するところに悟りがあるとする。
日蓮聖人は『開目抄』等で真に三世にわたって父母に孝養するには『法華経』でなければならないとされる。
《『遺文辞典』歴史篇「三世」の項、『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「三世」の項》