已今当
已今当
いこんとう
法華経法師品の「已に説き今説き当に説かん」の文の略語で、法華経が釈尊の説かれた経典の中で最も勝れていることを言ったもの。
『法華文句』の法師品釈によれば、已説とは四十余年に説かれた爾前の諸経、今説とは法華経の開経である『無量義経』、当説とは法華経以後に説かれた『涅槃経』を指す。
これらは信じ易く解(さと)り易いが、法華経はこの三説に超過して最も信じ難く解り難いとする。
これは劣機の凡夫の立場から見て、信じ難いものほど釈尊が真に示そうとされた教えであることを意味し、この点で法華経が最勝なることを言ったのである。
日蓮聖人も『観心本尊抄』で、「又迹門・並びに前四味・無量義経・涅槃経等の三説は悉く随他意・易信易解。
本門は三説の外の難信難解・随自意也」(定七一四頁)といわれるのも法華経本門に至って三説超過、難信難解なる釈尊の随自意が開示されるとするのである。
聖人はこの語をもって、諸経の義を批評し、本門並びに妙法五字を詮顕していったのである(定八一一頁)。
《『遺文辞典』教学篇「已今当」「三説超過」の項、『日蓮辞典』「已今当」の項》