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難信難解

なんしんなんげ #5175

難信難解

なんしんなんげ

法華経法師品に「已に説き今説き当に説かん。而も其の中に於て此の法華経、最も為(こ)れ難信難解なり」とあり、法華経は一切経の中で最も信じ難く解し難いえであるという。
末代の凡夫は愚者であるから難信難解の教えを与えられても猫に小判で、自分の役には立たないと考えるのは、法然の考え方である。
伝教大師は『法華秀句』の「説諸経校量勝五」の中で次のようにいう。
「当に知るべし、已説の四の経・今説の無量義経・当説の涅槃経は易信易解なり、随他意の故に。此の法華経は最も為れ難信難解なり、随自意の故に。随自意の説は随他意に勝れたり」と。
随他意とは他(聴衆)の意楽に随って説かれた説という意味であるから、説としては方便えであり、聴衆にとっては易信易解である。
随自意とは自()の本意に随って説かれた説であるから、にとっては真実教であり、聴衆にとっては難信難解である。
故に最為難信難解とは最も随自意の教え、最も真実の教え、つまりの出世の本懐のえということになる。
そして末代の凡夫は重病者であるから、これを癒すには最も優れた良薬でなければならない、つまり法華経でなければならないというのが日蓮聖人の考えである。
聖人はこの最為難信難解の経文の解釈には常に『秀句』の右の言葉を引かれた。
《『遺文辞典』教学篇「難信難解」の項、『日蓮辞典』「難信難解」の項》

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