一色一香無非中道
一色一香無非中道
いっしきいっこうむひちゅうどう
一色一香とは一つの色(形色、顕色)、一つの香というようなごく些細な物質を意味し、この些細なるものでさえも、中道実相という法界の絶待真理の本体、当体であるということ。
一切一香も中道に非ざるはなし、と訓ずる。
この句は天台大師講述『摩訶止観』を中心に『法華玄義』『法華文句』において、円教の義を説く場合に見られる。
止観第一上には「縁を法界に繋け、念を法界に一(もっぱ)らにす。一色も一香も中道に非ざること無し。己界および仏界・衆生界もまた然り」とある。
妙楽大師は『止観弘決』第三に「大品に亦云わく、一色一香無非中道」と述べ、『大品般若経』を出処としているが、同経にこの文は見られず、一般には同経取意の文とされている。
また妙楽大師は弘決第一で、これを非情にも仏性を認める「無情仏性」の文とし、華厳宗の清涼大師澄観や賢首大師法蔵らが、非情仏性を否定するのを論破した。
後世、この文を草木成仏の証としており、日蓮聖人も『草木成仏口決』に「此色香は草木成仏也。是即蓮華の成仏也。色香と蓮華とは言はかはれども草木成仏の事也」(定五三三頁)等と示している。
つまり凡夫の見る一色一香を「無非中道」と開して、一つの色、一つの香にもその性に三千法界依正を具す故に、一色一香はそのまま絶待となって三千法界はただ一色、ただ一香となる。
この義を色香により構成される草木に対して草木即法界、草木即成仏とたてるのである。
《『遺文辞典』教学篇「一色一香無非中道」の項、『天台学辞典』『岩波仏教辞典』「一色一香無非中道」の項》