香
香
こう
良い香りの成分を多く含んだ木や、その樹皮、あるいは花などから製するもので、火にくべて香りを出したり、身に塗ったり、地面や壁、行坐に塗り、身衣に焚きこめるなど様々の用法がある。
梵語ではgandhaといい「乾陀(けんだ)」と音写する。
酷暑の国インドでは古代から臭気に対する配慮がなされ、香に対する関心が高く、種々の香が製されている。
『大智度論』に「天竺は、国熱く、又、身臭きを以ての故に、香を以て身に塗りて諸仏及び僧を供養す乃至或は以て地を塗り、壁及び行坐の処に塗るなり」といっている。
香の種類については、経典に挙げるところは、相当の数にのぼるが、一例として『瑜伽師地論』に「或は四種を立つ、謂はく四大香なり。
一に沈香、二に窣堵魯迦香、三に龍脳香、四に麝香なり。
或は五種を立つ、謂はく、根香、茎香、葉香、華香、果香なり。
或は、六種を立つ、謂はく、食香、飲香、衣香、荘厳具香、乗香、宮室香なり。
或は七種を立つ、謂はく、皮香、葉香、素泣謎羅香、栴檀香、三辛香、薫香、末香なり。
或は八種を立つ、謂はく、具生香、非倶生香、恒続香、非恒続香、雑香、純香、猛香、非猛香なり(略)」と各種の香の名目を挙げているが、香を分類すると塗香、焼香、華香に分けられる。
その中でも、インドでは塗香が主に用いられたことは、大智度論の説に見える通りであり、華香は芳香を持つ花を摘み集めてそのままを散布するという方法で、現在も南方の諸国で行われている方法である。
また、香木を焚くという、いわゆる焼香も行われていた。
法華経の授記品、法師品、提婆達多品などに「焼香」の文字があり、分別功徳品には「衆宝妙香炉、焼無価之香、自然悉周徧、供養諸世尊」などとあり、この他、開結の二経等の諸経に、焼香供養の文字が出てくることからも、また、十種供養の名目の六番目にあげていることからも、仏に供養するために香を焚くことが、古くから行われていたことが知られる。
そして香のはたらき(功徳)については、諸の臭穢を除いて清浄ならしめる、いわゆる諸悪を断じて諸善を奉行するものとし、『僧史略』に「香は穢を解き、芬を流し、人をして聞かんことを願はしむ」と述べ、また「香は仏使なり」という故事について「須達長者、仏を請待せんとして、竟夜、通楼に登って手に香炉を取って信心を発す。
茲に知んぬ。
香を信心の使いとなすなり」と記している。
また、一休禅師は「香之十徳」を挙げて、一、感動鬼神一、清浄心身一、能除汚穢一、能覚睡眠一、静中成友一、麈裡偸閑一、多而不厭一、寡而為足一、久蔵不朽、一、常用無障と述べている。
次に香木のことであるが、代表的なものは、沈水香(沈香あるいは単に沈(じん)ともいう)があげられる。
そして、わが国に沈水香が伝来したのは『日本書紀』に「推古天皇三年夏四日、沈水、淡路島に漂ひ着けり。
其の大きさ一囲、島人、沈水を知らず、薪に交えて、かまどに焼く。
その煙気遠く薫る。
即ち、異なりとして献る」とあるのが始めであるといわれている。
この沈香木が伽羅(きやら)の名称で呼ばれるようになったのは、南北朝(一三三六ー九二)の頃からのことで迦羅木、棋楠香、伽南香などの文字が使われている。
さらに、この頃になると平安時代に宮廷で貴族達が楽しんだ薫物(たきもの)といわれる各種の香を調合して焚くという香道から、沈香の一本を雲母の薄葉の上にのせて焚くという比較的簡便な方法で香道を楽しむことが武士達の間に流行するようになり、沈香を産地の別、質の高下などによって分類し、一、伽羅(きやら)二、羅国(らこく)三、真那班(まなばん)四、真那賀(まなか)五、寸門多羅(すもたら)六、佐曽羅(さそら)の六国六種を挙げているが、この時代以降、沈香木の最上級品のことを伽羅と呼ぶようになったものであるという。
そして現在、仏前の焼香、供香などに用いている香の種類を挙げれば、伽羅を始めとする沈香、白檀香などの「香木そのもの」、数種の香木を細かく刻んで調合した「抹香」、粉末状にして練合せた「練香」(丸香)、また型押しにした「押香」、長い棒状にした「線香」(線香の中にも、巻線香のように長時間保つものも工夫されている)などがある。
この中でも線香は「寛文七年に五島一官という者、中国の福州より伝え、その子一官長崎にて始めて之を製す」と『近代世事談』に載せてあるように、江戸時代初期に用い始めたものである。
線香を立てる時には、香炉の中央に真直に立てるようにすること、蓋付の香炉には線香の火点を左にして横たえて用いること、香炉の灰は常に綺麗にして古い香の燃え残りなどを残しておかぬことなどが実際的な面での注意事項である。
作法は右手の親指と示指で香をつまみ、恭々しく(戴いた後に)炷する。
導師、献香師等の焼香は三炷、その他の諸役及び参詣者等の焼香は一炷する。
三炷するのは「第一炷は、天魔波旬を遠離すと念じ、第二炷は、仏祖の影現を念じ、第三炷は、諸天善神の擁護を念ずべし」との意味によるといい、一炷のみするのは「一心不乱」の意味であるとしている。
また、焼香のことを拈香、捻香、炷香、行香などともいう。
《一色梨郷『香道のあゆみ』、『遺文辞典』歴史篇「香」の項、『広説仏教語大辞典』『新版仏教学辞典』『岩波仏教辞典』「香」の項》