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果上顕現の一念三千

かじょうけんげんのいちねんさんぜん #3576

果上顕現の一念三千

かじょうけんげんのいちねんさんぜん

天台大師理の一念三千観が因人性具の一念三千であるに対して、日蓮聖人の事一念三千を果上顕現の一念三千という。
一念三千は釈尊の久遠成道のとき開悟された仏果々上の法であり、従って三千世間は仏果の顕現に外ならないと見ることになる。
能具の一念は『摩訶止観』では六識陰妄の凡夫の日常心であったが、『観心本尊抄』では本仏およびその所説の妙法を能具とし、凡夫はこれを受持によって自己の所有とする。
所具の三千は台では万有の理性、凡夫の心性に具される無相不可見の真理であったが、聖人にあっては仏眼所見の身土であり「釈尊の因行果徳の二法」とされる。
ただし果上顕現といえばとて、万物を果上顕現として絶対肯定しようとするものではない。 もしそうなら中古天台本覚思想と簡ぶところはない。
妙法の受持の行を媒介として行者に観取された世界である。
望月歓厚『日蓮教学の研究』、『遺文辞典』教学篇「一念三千」の項

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