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受持

じゅじ #1015

受持

じゅじ

妙法蓮華経の五字を受け持つこと。
大智度論』には「信力の故に受け、念力の故に持つ」(『正蔵』第二五巻四六一頁a)と釈されている。
受は瞬的であるが、持には憶念するという持続的な意味があり、受けることと共に受けたものをいつまでも持ち続けることが受持の本質である。
受には授ける対象が予想されている。 受けるのは授ける超越の釈尊)があって初めて可能となる。 この授受の関係は両者が客体的に他者に授け他者から受けるのではなく、授はそのまま受であり、受はそのまま授である。 ち両者が相対的に授受するのではなく、釈尊の意志として授け、釈尊の意志のなかで受けるのである。 授ける釈尊があるから受けることが可能なのである。 従って受持釈尊によって与えられた行為であるといえよう。
持は行者のあり方をいう。 受けたものを持つとは受けたものに規定されることである。 五字の受持受持者が五字によって規定されることにほかならない。 受は五字に自己を投げ出すこと(自己否定)であり、持は受けた五字において生きること(自己肯定)である。 このような妙法五字へ己を投入し妙法五字として生きることを受持というのである。

(一)法華経所説の受持=法華経に受持および類似の語句(持つ・受く・信受・護持・奉持・聴受・頂受等)を探ると序品から勧発品まで各品毎にみられる。 その一例として初出の文を挙げると序品第一の偈頌に「復菩薩の智深く志固くして能く諸仏に向ひたてまつり、聞いて悉く受持するを見る」と説かれている。 智が深く志が固い菩薩は能く諸仏に向い、聞いて悉く受持したのである。 智が深いゆえに受け、志が固いゆえに持つことが可能なのであり、問聞法の信に「悉受持」が成就したのである。 ち問聞法は仏・法に自己を投げ出すことであるから、随順の信において「悉く受持」することができたのである。
このような法華経における受持の用例は、法師品法師功徳品・不軽品・神力品等のように五種法師との関連の中で説示されている場合もある。 その一例として神力品の結文を挙げると「是の故に智あらん者、此の功徳の利を聞いて、我が滅の後に於て、斯の経を受持すべし、是の人仏道に於て決定して疑いあることなけん」と説かれている。 神力品は法華経の滅後弘通が上行等の地涌の菩薩に結要付属されるもので日蓮聖人義のなかでも重要な位置を占めている。 長行五種法師を挙げ、これを偈頌に「持つ」「受持」と表現し、その結文には「応受持斯経」と説示されている。 「応受持斯経」はの勅命である。 滅後の法華経弘通が釈尊の要請としてあることを羅什は「応」と訳したのである。 「応受持」の勅命を寿量品では「不自惜身命」、薬王品では「無令断絶」と説き、釈尊は滅後における法華経の流布を勧奨されたのである。 それは釈尊自信が滅後における自己の在り方を法華経の流布に規定されていることを意味している。 法華経流布の歴史こそ釈尊の生命の歴史なのである。 五種法師がそれぞれ異った五種の修行ではなく、受持を本質とするのも、釈尊の勅命を拝して生きることに修行の本意を論じるゆえである。 観念的行ではなく、法華経に随順し法華経の歴史を具現するところに法華経の修行があるのである。

(二)『観心本尊抄』受持譲与段=日蓮聖人は『観心本尊抄』に「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。 我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ」(定七一一頁)と述べられている。 これは凡心具界の難問に答えたもので、内在具の問に対して受持具を論証し「我等が己心の釈尊は五百塵点乃至所顕の三身にして無始の古仏也」「己心の三千具足三種の世也」(定七一二頁)と内在具の解答を示されたのである。
観心本尊抄』の叙述は理具一念三千から始まり、観心の意義を明かし、十界互具を論証し、更に人界具余界・人界具四聖・人界具仏界の難信を重ねて題目段に入り、己心釈尊の大難を提起するのである。 人界具界という理具論の繰返しの中で、第一八番(全体を三〇番問答とした場合)の問いにおいて能具を「我等己心」、所具の仏を「教主釈尊」と限定されている。 ここに超越のを我等己心の所具とするという理具論から事具論への論旨の変化をみることができる。 これは問者に事具論の解答を要求せしめることによって、答者の本意とする受持具を証す必然を暗示するのである。 従って受持とは釈尊を己心の所具とすることにほかならず、この論証が『観心本尊抄』の主要テーマであるといえよう。
このような受持成仏の原理論となっているのは具足論である。 しかもその具体的内容は十界互具一念三千である。 『開目抄』には「一念三千の法門は但法華経の本門寿量品の文の底にしづめたり。 (略)一念三千は十界互具よりことはじまれり」(定五三九頁)と述べ、一切衆生の成仏を決定する本門文底の一念三千十界互具を基本原とすることを説示されている。 この十界互具一念三千はもとより発迹顕本に立脚するゆえに「九界も無始の仏界に具し、仏界も無始の九界に備りてまことの十界互具百界千如一念三千」(『開目抄』定五五二頁)という久遠釈尊に即した事の法門である。 衆生内在の理性具としての互具論ではなく、釈尊の顕本に即して具現する事具論である。

(三)受持の論理的背景=これら聖人の具足論についての詳細を窺うには『観心本尊抄』受持譲与段にいたる具足論の展開を見なければならない。 『観心本尊抄』にいたる諸遺文を探ると、十界互具・一念三千・題目具足論・法華経具足論・仏種論等によって功徳の具足を説き、更に唱題功徳論・聞名功徳論・信心浄土論・信心功徳論・受難成仏論・自然等によって凡夫の身に仏果を論じられている。 当然、受持譲与段の「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す」、「我等此の五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ」の文はこれらの諸論の展開を背景として生れたものであることは言を俟たない。
十界互具論は『戒体即身成仏義』に妙法の意義を十界互具と規定し、十界互具の妙法に即身成仏を論じてより『一代聖教大意』『守護国家論』『十法界事』等に法華経の成仏論として繰返し筆にされている。 諸宗の邪見を指摘する『八宗違目鈔』を経て『開目抄』に十界互具一念三千の基本原理であることを明かし、十界互具の妙法こそ成仏を実現するものであるとされる。 一念三千は『一代聖教大意』の「妙法一念三千云事如何」(定七一頁)の記述以来『四教略名目』『守護国家論』『十法界事』『顕謗法鈔』『南条兵衛七郎殿御書』『法門可被申様之事』『十章鈔』『寺泊御書』『八宗違目鈔』『開目抄』『日妙聖人御書』等に天台の迹門一念三千から末法における本門一念三千への展開を論述されている。 初期的段階では台の一念三千の独自性や超勝性を論じ、成仏論・本尊論の基本原理としての位置づけがなされるが、真実の義が本門にあるとする『十章鈔』の説示から『開目抄』にかけて本門の一念三千の展開となり、初期に繰返し指摘された一念三千の名目出処や諸宗一念三千の偸盗論をこの本門一念三千の中で更に具体化しその本質を明らかにされるのである。 なかでも『開目抄』の種子一念三千一念三千成仏論・一念三千仏因論はその原理を天台の一念三千に求めつつ、本門に立脚することによってこれを超克し、真の成仏を本門一念三千・本門文底一念三千に見い出されたのである。 しかもその原の基底を十界互具と領解することによって、一念三千が成仏の因(仏種)として客体化(一念三千の玉)されるなかで、その客体的一念三千を我らに互具として融合せしめるのである。 この互具論が『観心本尊抄』の中心課題となり受持譲与段においてそれを論証されることになるのである。
題目具足論は「妙」「妙法」「題目」に功徳の具足を論証するもので『一代聖教大意』『四教略名目』『像法決疑経等要文』『唱法華題目鈔』『法華題目鈔』『法門可被申様之事』『開目抄』『日妙聖人御書』等に繰返し論述されている。 「妙」「妙法」の功徳の論証は題目功徳の論証にほかならない。 特に『観心本尊抄』受持譲与段の論証の前提とされているように「妙」の具足論は題目功徳論の重要な位置を占めるものである。 竜口法難以前の諸遺文に見られる聖人の妙字釈は、法師品の「開」(開方便門示真実相)、『大智度論』の「薬」「大薬師能以毒為薬」、『法華玄義』の「不可思議」「最勝修多羅甘露之門」「発」(発秘密之奥蔵)「絶」(今大教若起方便教絶)「相待妙・絶待妙」、『摩訶止観』の「治」(法華能治復称為妙)、『玄義釈籤』の「開」(発者開也)、『止観弘決』の「治」(能治所以称妙)の義意を受け、題目功徳の絶対性を成仏についての叙述の中で展開されている。 これらの客観的な功徳の論証に対し、『開目抄』『観心本尊抄』では主体的な立場でより具体的に論証を試みられている。 両書には『法華経』・『無量義経』・『涅槃経』・『大乗四論玄義記』・吉蔵の『疏』・『法華玄義』・『大智度論』・『法華肝心真言』等が引用されており、『開目抄』では未聞の法門たる具足道説示の要請に答え、『観心本尊抄』では凡心具界の大難に答えられたのである。
法華経具足論は法華経超勝論・法華経成仏論・法華経仏因論・法華経一句一偈功徳論等をその内容とし、法華経所説の成仏義・功徳論にしてその功徳の甚大さを強調される場合が多い。 ち竜女成仏悪人成仏等の例を挙げての論証、及び法華経の文字が即ち釈尊の内証(御本懐)であるとする法華経超勝義に立脚した功徳具足論で、その説示は遺文の全体に亘って見られる。 一字一句一偈の功徳論は妙の功徳論等と関連し題目五字の功徳具足義論証の一側面であるといえよう。
仏種論は初期の遺文には謗法・背信との関連の中で論述が繰返されるが『開目抄』に一念三千の本質を法華経の種と説示されるに至って、法華経の如意宝珠(一念三千の玉)という釈尊の功徳体として価値的に表現されるようになる。 『観心本尊抄』の一念三千仏種はその決定的表現といえよう。 叙上の如き功徳論を踏まえて受持譲与段が説示されたと考えられるのであるが、更につけ加えるならば、これに法不二の思想を指摘することができよう。 法不二については『守護国家論』に「法華経は釈迦牟尼也」(定一二三頁)「釈迦如来内証は皆この経に尽したまふ」(定一三一頁)等の説示以来諸遺文に見られる。 の御意(心・志)が梵音声となって衆生に語られたのが法華経(文字)であれば、文字としての法華経はの御意にほかならない。 このようなの御意(心法)即法華経(色法)という法不二の思想を背景として釈尊因果具足の五字が論証されるのである。
受持譲与とは、いうまでもなく受持という行為を通して仏果を受得することである。 そこで我らの行為を通して救済や功徳を論じる凡心具足論についてみると次の通りである。
唱題功徳論は『守護家論』『南条兵衛七郎殿御書』『法華題目鈔』『法門可被申様之事』『十章鈔』等に『法華経』『涅槃経』等の聞名功徳の経文をもって論証し、末法における法華経修行の在り方を説示されるものである。 唱題については正元頃から一貫して繰返されるが、なかでも文永期に入るとかなり頻繁に筆にされ、法華経の行法として明確な位置づけがなされるようになる。
聞名功徳論は唱題功徳の援証として論述される場合が多い。 引用される経文は法華経の方便品・法師品・提婆品・安楽行品・陀羅尼品、『涅槃経』の名字功徳品、『正法華経』の総持品、『添品法華経』の陀羅尼品等である。 聞名とは「名」に随順することである。 聞は自己を白として対象を受領することであるから、その本質は自己否定の信であるといえる。 このように聞名とは「名」に信心を立て「名」に生かされることをいうのであるから、その本質は題目受持にほかならない。
信心浄土論(信心仏国土論)については『守護国家論』に法華経信者所住の処は即ち浄土であるとし、『立正安国論』に「実乗之一善」に帰すことによって三界は皆となると述べられている。 信仰に即して浄土を認める聖人の仏国土思想は、究極的な救済の境地である『観心本尊抄四十五字法体段の表白にいたる思想的背景となるものであると考えられる。
信心功徳論(信心譲与論・信心成仏論)は『守護国家論』『唱法華題目鈔』『顕謗法鈔』『南条兵衛七郎殿御書』『法華題目鈔』等に信・解の有無を四句分別したり、信と謗法を対比して法華経の信に得道を論じるもので、末法における法華経信仰の在り方を明示されたものといえる。
受難成仏論は法華経弘通における受難体験を通して法華経の成仏を論証するもので、特に文永八年(一二七一)の法難が一つの大きな契となっている。 竜口法難の二日後、相模依智において記された『土木殿御返事』には「上のせめさせ給にこそ法華経を信じたる色もあらわれ候へ」(定五〇三頁)と、受難をもって法華経信心の真実性が証明されたとし、同年一〇月五日の『転重軽受法門』には自身の法華経読誦の完遂とそれによる功徳の甚大さを叙述されている。 日蓮聖人の受難によって法華経は如来の真実となったのである。 受難が五字の付属と共にある以上、五字の受持は大難の受領でもあるといえる。
受持譲与の論理的背景ともいうべき以上のような仏果受得論を支えている一つの要素として「自然」の問題を指摘することができよう。 受持は既に釈尊によって与えられた行為である。 受持なる我らの主体性は恒に釈尊の慈悲の中に成立するのである。 従って受持とは釈尊の譲与を我らの立場から表現したもので、その本質は釈尊の願行にあるのである。 従って、受持の信は釈尊の世界にある自己にめざめることにほかならず、受持自然譲与であるのもそのためである。 これを聖人は『無量義経』の「雖未得修行六波羅蜜六波羅蜜自然在前」、『法華経』の「無上宝珠不求自得」、『涅槃経』の「不求解脱解脱自至」等を文証として、法華経の信心に「自然至仏界」(『開目抄』取意)・「自然譲与」(『観心本尊抄』)・「自然益身」「自然当意」(『四信五品鈔』)を論証されたのである。
所具の功徳論が釈尊因果の功徳に相即し、これが我らとの必然の関わりのなかに成就するところに法華経釈尊の救済をみるのが受持譲与にほかならない。 日蓮聖人は天台教学を出発点としながらも、信仰体験を通しての独自な本門教学樹立のなかで、観心法門論化・体系化を推し進められていったのである。

(四)三業受持=受持は「信」を本質とする釈尊世界における自己のあり方を規定するものであり、具体的には身・口・意の三業に亘る。
受持とは妙法五字に身命を捧げることである。 『富木入道殿御返』には五字受持の原理論ともいうべき「本門の一念三千」を説示するにあたり「大難又色まさる」(定一五二二頁)と述べて、ここに「」の概念を認められている。 あるいは『撰抄』に「法華経の一念三千と申す大事の法門」(定一〇五四頁)と述べられた「三度の高名」は、事一念三千としての五字の受持が現実的・能動的な法華経実践であることを示している。 それは五字の受持が単に個人的な口業の唱題ではなく、現実社会に活現すべき歴史の必然として、釈尊によってもたらされた行為であるからである。 題目の流布が大難興起と共にある以上、それは法華経への全面的捨身でなければならない。 『種種御振舞御書』の「今日蓮は末法に生て妙法蓮華経の五字を弘てかかるせめにあへり」(定九七一頁)、「日蓮は南無妙法蓮華経と唱る故に、二十余年所を追はれ、二度まで御勘気を蒙り」(定九八六頁)、『松野殿御返事』の「南無妙法蓮華経と我口にも唱へ候故に、罵られ、打はられ、流され、命に及びしかども、勧め申せば法華経の行者ならずや」(定一四四二頁)等の文は五字受持の唱題が身命に及ぶものであることを如実に表明されている。
口業受持とは口に題目を唱えることである。 前述のごとく単なる口唱は五字の受持とはならない。 正法護持・呵責謗法の修行を伴う信心に立脚してこそ真の唱題といいうる。
受持とは意に法華経の信心を決定することである。 日蓮聖人は『法華題目抄』に『夫れ仏道に入る根本は信をもて本とす」(定三九二頁)と述べられているように「法華経の信心」(『開目抄』定六〇五頁、『可延定業御書』定八六二頁、『兄弟鈔』定九二二頁、他)に仏果の受得があるとされる。
以上のように受持とは三業にわたる法華経信仰であり、これを『本尊問答鈔』には「三業相応して最第一と読る法華経の行者は四百余年一人もなし」(定一五八〇頁)と述べられたのである。 意に信を決定し、身に法華経を色読し、口に題目を唱える意持題目・身持題目・口持題目の相即円満の当処に五字の受持(唱題)が成就されるのである。 このような三業円満の題目受持が五字受持の意味であるゆえに唱題(五字の受持)とは唱え易いようで唱え難いのである。 『撰抄』には「欽明より当帝にいたるまで七百余年、いまだきかず、いまだ見ず、南無妙法蓮華経と唱よと他人をすすめ、我と唱えたる智人なし」(定一〇四八頁)、『報恩抄』には「一閻浮提の内に仏滅後二千二百二十五年が間、一人も唱えず、日蓮一人南無妙法蓮華経南無妙法蓮華経等と声もをしまず唱るなり」(定一二四八頁)と叙述されているのはそのためである。 聖人の唱題は閻浮未曾有の唱題であったといえよう。

(五)聖人滅後の受持の解釈=日蓮聖人滅後における諸先師の受持の解釈を『勧心本尊抄』受持譲与段の釈義を中心に概観すると次の通りである。
最も多いのは行学院日朝・常寂院日耀・広蔵院日辰・進大夫阿闍梨日我・慈眼院日恵・安院日・禅智院日好らの唱題とする解釈である。 ただし受持即唱題とするものではなく、受持に他の概念を含む場合が多い。 また唱題と釈する中でも、これを三業に配して論じることが多く、日朝・日耀・日辰らが口を正意とするに対し、日好は意を正意とするなど諸説がみられる。 受持を能動的な概念でとらえているのは常住院日忠で、信に立脚した三業受持を主張している。 また口を正行とする日辰も受持の概念に唱題勧奨を論じている。 信を重視することは諸師に共通するところであるが、なかでも日忠・日我などが特筆すべき存在であろう。 日忠は前述の如く信を受持の根本とし、日我は唱題を正意としながら受持に信表出の行為を論じている。
以上のように学史を概観すると受持について特別注意を払って論述する例はないようである。 受持譲与段を重視しながらも特に受持について論を深めることをしなかったのは教学の流れが理本覚観心主義的な傾向にあったためであろうと推察される。 また門流分立の原因をなした教学上の対立なども、主に本迹・権実等の論争として展開されており、たとえ摂折等の弘経の方軌を論じても受持を問題にするのは三業傍正論程度のもので、受持そのものを直接問題にすることは余りなかったようである。
《茂田井亨『観心本尊抄研究序説』、『遺文辞典』教学篇「受持」の項、『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「受持」の項
(庵谷行亨)

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