五種法師
五種法師
ごしゅほっし
法華経修行の五種をいい、自行化他にわたって修するが、化他の人に約して五種法師と称する。
受持・読・誦・解説・書写。
受持とは経を受け持つこと、読は経文を見ながら読むこと、誦とは経文を暗誦すること、解説とは経を解釈して説くこと、書写とは経を写すことである。
『大智度論』には「信力の故に受け、念力の故に持ち、文を看るを読と為し、忘れざるを誦と為し、宣伝を説と為し、聖人経書解し難ければ解釈を須ゆ」(『正蔵』二五巻四六一頁a)とある。
経文をみると五種行が完全に揃って説かれているのは法師品・法師功徳品・不軽品・神力品で、他はその内のいずれかが欠けている。
神力品では長打の五種行が偈頌において「持経者」と表記されており、品末は「我が滅度の後に於て、斯の経を受持すべし、是の人仏道に於て、決定して疑あることなけん」で結ばれている。
読・誦・解説・書写が具体的な修行の相を示しているに対し、受持が抽象的であるのは、受持という「信」、「念」に立脚して四種の行が成り立つことを意味している。
滅後の付属を説く神力品の重要性を考えると、付属を受ける人の強調が「持経者」、「受持者」の表記を要請したものと考えられる。
『法華文句』(巻八)では、五種法師を自行化他と三業に配している。
まず自行化他に通別を論じ、別して論ずると解説は化他、他の四種は自行、通じて論ずると五種それぞれに自行化他があるとする。
三業については、受持は意業、読誦・解説は口業、書写は身業とし、これに自行化他の通別を論じている。
日蓮聖人は観念的な修行を打破し、現実の社会に法華経を実現することが末法の法華経修行であるとされた。
末法の法華経修行とは、久遠釈尊の留めおかれた妙法五字の三業円満の受持である。
『観心本尊抄』には「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。
我等この五字を受持すれば自然に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ」(定七一一頁)と述べ、末法の修行のあり方を明示されている。
五種行を正助に配すると、受持をもって正行(唱題正行)とし、読・誦・解説・書写を助行とする。
正行は成仏の正因となる主要の行であり、助行は信心を増進する助縁の行である。
《『遺文辞典』教学篇「五種法師」の項、『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「五種法師」の項》