持経者
持経者
じきょうしゃ
(一)一般的にいって持経者とは法華経を持つ(持は法華行業の総称として)者のことである。
特に『大日本国法華経験記』(長久年間=一〇四〇-四三、横川首楞厳院鎮源撰)の中での持経者の要因とは、法華専修の傾向。
既成教団からの実際的または精神的脱皮(深山あるいは世路経営遊行など)・苦行による行力や諸天等の守護などの霊験異事・聖とか聖人の呼称が付く場合、などである(『大崎学報』一二二号参照)。
即ち平安仏教から鎌倉仏教への推移の段階での新しい宗教生活者の一形態として捉えられる。
(二)日蓮聖人においては前時代の持経者の概念を更に進め、法華専修は勿論として口唱読誦行から色読行へと深まる。
伊豆流罪中の『四恩抄』における「是程の心ならぬ昼夜十二時の法華経の持経者」(定二三七頁)は、やがて小松原・竜口法難を経て“持経者”を突き抜けて“法華経の行者”意識として確立する。
(一)と(二)の相違の根底にあるのは摂折の“時”の自覚、安楽品の行法と法難による勧持品色読の体験であろう。
《『遺文辞典』歴史篇「持経者」の項、『日蓮辞典』「持経者」の項》