妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日本国

にっぽんこく #2751

日本国

にっぽんこく

わがの名。
「にほんこく」ともよむ。
古くは促音「っ」の表記・記載はない。

日蓮聖人は「日本国と申すは天照大神の日天にしてましますゆへなり」(定一〇四五頁)と国名の由来を説いているが、遺文中には「日本」「大日本国」「我」「本朝」「我朝」「日域」「扶桑」「秋津島」「和」「野馬台」等とも呼ばれている。
聖人は仏教の発祥と伝来の過程からインド・中国に対する日本国として、つねに三国の意識が存したことは「三国四師相承」の表明から知られる。
それはまた教発祥地インドを中国=宗教的先進地域とするのに対し、日本を辺地・辺土・辺と表現する意識とも連なるものである
更に聖人日本国について「仏国日本」「一乗国日本」「神国日本」「謗法日本」等とも記している。
このように聖人は日本の国について、政治的に地理的に宗教的に問題として取上げ、遺文の随所に論じられている。
聖人が「国」を重視したことは、独自の教判である五義判に「知国」の一項を設けて、仏法との関係を考察されていることからも知られる。
この五義の一つとしての国とは、政治的な国家をさすのではなく、仏教有縁の地であるかどうかを問題とする宗教的環境としての土であった。
それは「をしるべし。
に随て人の心不定也。
(略)法は必ずをかんがみて弘むべし」(定三二三頁)との文に明らかである。
そこからこの日本国が仏教有縁の国であるかどうかが問われ、「抑日本国はいかなる教を習てか生死を離るべきぞ」との問いが発せられるのである。
聖人においては法華経を最勝真実の経として選択し、それを弘通しようとしたとき、法華経と日本国との関係が問題となったのである。
そして聖人は法華経薬王品の「広宣流布於閻浮提」、勧発品の「閻浮提内広令流布」の文、更に『涅槃経』『法華翻経後記』『普通広釈』『一乗要決』等の経論釈の文を引用して「日本国は純に法華経の也。
一句一偈なりとも行ぜば、必ず得道あるべし。
有縁の法なるが故也」(定三二四頁)と、法華経が日本国と有縁の教法であることを確信されたのである。
法華経有縁の日本は更に「此の時、地涌千界出現して本門の釈尊の脇士と為りて一閻浮提第一の本尊此の国に立つべし」(『本尊抄』定七二〇頁)と末法の時代における仏教の中心となるべき国であり、「日は東より出づ、日本の仏法の月氏へかへるべき瑞相なり」(定一八五〇頁)と、聖人の弘通するところの法華仏教が、日本から中国を経てインドへ伝弘され、やがて全世界を照す光明となる、その真仏法発祥の地となるのである。
しかし聖人の目に映じた法華一乗の国であり浄土であるべきはずの娑婆世界の日本国の現状は、源空浄土教の興起により厭離すべき対象とされ、更には浄土・禅・真言等の謗法が充満し、ために災害が続発し、破、亡の危に瀕していた。
そこで聖人は守護国家・正法治国・立正安国の理念のもとに『立正安国論』上奏を第一とする三度の国家諫暁と諸宗謗法破折を実践されたのである。
法華経を至上とする法華経の行者日蓮聖人の諫暁と折伏実践の根底には、この娑婆世界はすべて三徳兼備の教主釈尊の所領であるとする考えがあった。
ゆえに日本国釈尊所領の一分にすぎないのであり、日本の国主も釈尊から所領統治を委任されているに過ぎないのである。
従って日本国の国主は、国土の不穏を解消し、国家の破滅を防ぐため、その国土に住する謗法者対治を実行しなければならないのであり、それが釈尊に対する義務であるとして、聖人諫暁したのである。
聖人法華経の行者として法華経の弘通と広布による仏国土建設を願業とし、そのため法華経受持を力説し、謗法を折伏したのである。
聖人の独自な国家観・国土観は、災害続出と蒙古来襲とによる破国、亡国の危機感によって醸成されたのであり、法華経有縁の国日本を救わんがための積極的行動と共に、同時代の他宗祖師たちとは異質の日本国観であった。
《『遺文辞典』歴史篇「日本国(にほんこく)」の項、『日蓮聖人大事典』「日蓮聖人と日本国」の項》

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