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折伏

しゃくぶく #2256

折伏

しゃくぶく

破折調伏(はしやくちようぶく)の意。
摂受(しようじゆ)の反対語。
教では正しい道へ導く化導法として、摂受・折伏の二つの弘教方法が古来から提示されてきたが、摂受とは相手の義をしばらく容認して争わず、漸進的に正法の世界に摂入する穏やかで寛容的教化法をいい、折伏とはそれと反対に、相手のあやまりを許さずその邪義を徹底的に破折して、正義に帰伏せしめる厳格な導き方をいう。
摂受は母の愛にたとえられ、折伏は厳しいがその底に子を思う慈悲をたたえた、父の誡しめにたとえられる。
この二門は摂受折伏折伏摂受と併称せられて、両者は常に不離の関係として説かれている。 ちこの摂折は与と奪、柔と剛、寛と厳、悲と慈という対照的な化導形式であるが、悲母の愛も慈父の厳も帰するところは子を救いたいという親の願いであり、それと同じく摂受折伏も方法論の相違であって、本質(法体)の異なりではないと考えられている。
しかし精神においては確かにそうであるが「与」(しばらく正義をおいて、与えて彼の義を容れる)を表とし「奪」(相手の主張を斥け、奪って正義を樹立する)を内に含む摂受と、「奪」を表とし「与」を内にしまう折伏とは、そこに画然とした区別があることも実であり、どちらか一方をとらなければならない場合もある。
この摂受の典拠は一般に『勝鬘経』十受品が挙げられている。 経には律儀、犯戒の衆生をみて「折伏すべきはこれを折伏し、摂受すべきはこれを摂受す。 何をもっての故に、折伏摂受をもっての故に法をして久住せしむ」(『正蔵』一二巻二一七頁)と記されている。
この摂折二門が学の重要問題として取上げられるのは法華思想の展開の中からであった。
法華・涅槃と摂折二門の密接な関係を最初に指摘したのが天台大師智顗で、『摩訶止観』第一〇に「それに両説あり、一には摂、二には折なり、安楽行の如き長短を称せず、これ摂の義なり。 大経(涅槃)の刀杖を執持し乃至首を斬るというはこれ折の義なり」(『正蔵』四六巻一三七頁)。 法華経、涅槃経には摂受・折伏の語はないが、その思想から台は摂折二門の意義づけを試みた。 ここでは摂受を法華経の安楽行品に、折伏を涅槃経の刀杖執持論にその根拠をみている。
安楽行というのは初心の出家者の行で、相手の長所短所さえ口にするのを禁じている寛容な修行方法である。 しかし法華経の内容からみると、この安楽行は勧持品の悪世に大忍力を起して不惜身命の誓願を発した菩薩の弘教に怖れをなした初心者に、しばらく安処の自行を許したので、法華経が涅槃経に対して摂受であるというのではない。 この勧持品二十行の偈から逆に折伏正意の末法立行を起発させたのが日蓮聖人であった。 天台大師も『法華玄義』巻九において「法華折伏破権門理(法華は折伏にして権門の理を破す)」(『正蔵』三三巻七九二頁)と両の本質から釈している。
日蓮聖人の仏教は末法という「時」、謗法という「機」、破法という「国」、一乗流布必然の「教法流布の先後」から、唯一の救済「教」たる法華経を弘通することが如来の勅命であると規定するところに義の根幹がある。 その・機・時・・序の把握の当処に、一向折伏の行軌が必然的に生じたのである。
摂折を論じた遺文を列挙すると、『聖愚問答抄』、『転重軽受法門』、『開目抄』、『佐渡御書』、『富木殿御返事』、『観心本尊抄』、『如説修行抄』等であるが、その摂折論の前代と異なった特徴は、法華経の常不軽菩薩品に着目するところにある。 日蓮聖人は安楽行に対して不軽行を折伏行と判じて、これを末法の弘教の指針とし、「夫れ摂受折伏と申す法門は水火のごとし。火は水をいとう。水は火をにくむ。摂受の者は折伏をわらう。折伏の者は摂受をかなしむ。無知悪人の国土に充満の時は摂受を前きとす。安楽行品のごとし。邪智謗法の者の多き時は折伏を前きとす。常不軽品のごとし」(定六〇六頁)と示されている。
いうまでもなく日蓮聖人は、時代を白法隠没末法、邪智謗法充満とみた。 「本未有」(もと未だあらず)と釈したのは天台大師智顗であるが、常不軽菩薩品の説相から、下種折伏の実践を起し、常不軽菩薩が刀杖瓦石の難に耐えながら、ひるむことなく猶高声に唱えて「我れ深く汝等を敬う。 敢えて軽慢せず。 所以はいかん。 汝等皆菩薩の道を行じて当に作仏することを得べし」の二十四字の行の魂をうえつけた如く、自らも謗法の徒と対決しその迫害を甘受して、仏の因果の結晶である題目の五字を下種せんとしてその一生を捧げた。 下種とは仏の種を下すことで、成仏の因を失った堕獄の衆生を救済する真の成仏道であった。 これが常不軽菩薩の毒鼓の縁であり、勧持品の菩薩の誓願行としての末世の弘であったのである。 日蓮聖人勧持品と不軽品の三世にわたる相関を述べて「日蓮は即ち不軽菩薩たるべし」(定五一五頁)と結んでいる。
日蓮聖人折伏の精神の基調に不軽菩薩の仏性礼拝と衆生救済の悲願があったことは忘れてはならないことであるが、もう一つ、折伏行が自己の深刻な懺悔の意識に支えられていたことも特筆すべきであろう。 重なる値難を経に予言されたものと忍受する一方、自己の悪業を凝視して「日蓮も過去の種子已に謗法の者なれば、(略)この罪消しがたし」(定六一五頁)とその宿業を懺悔しながら、常不軽菩薩品の「其罪畢已」の文から不軽菩薩は自身の悪業を不惜身命礼拝行で消滅した。自身もまた法のために迫害を受けるのは自己の先の故であり、その受難こそが過去の重を消すこととなるのだと、法悦感謝するようになる。 『開目抄』はこの自覚の高まりを記述したものである。 折伏化他のためばかりでなく、自己の真の滅罪行であると体験していくことは、日蓮聖人の折伏が決して教条的な独善主義ではなく、法華経の中に自己を没入することで、法華経の菩薩の自行化他の姿とみることができる。 それは破邪の面のみに心を奪われず、顕正の折伏をその代を鑑みて実現することにある。
日蓮宗現代宗教研究所編『宗義大綱』、『日蓮宗読本』、田中智学『本化摂折論』、望月歓厚「日蓮聖人と法華思想との連関」『法華経の思想と文化』、戸頃重基『日蓮の思想と鎌倉仏教』、茂田井教亨『日蓮の行法観―その思想と生涯―』、『遺文辞典』教学篇「摂受折伏」「折伏」の項、『日蓮辞典』「折伏」の項、『岩波仏教辞典』「摂受・折伏」の項、『日蓮聖人大事典』「日蓮聖人と摂受折伏・四箇格言」の項、小松邦彰・花野充道『日蓮の思想とその展開』(春秋社『シリーズ日蓮』二)
(小野文珖)

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