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懺悔

さんげ #2228

懺悔

さんげ

懺はkṣamaの音写で、自ら犯したのゆるしを請うこと。
悔はāpatti-pratideśanāに当り、くやむこと。
懺悔が自己のを認めて「忍恕(ゆるし)を願う」ことであるならば、自己のすべてを投げ出して「告げる」(deśanā)ことがなければならない。 倫的にも宗教的にも大切な実践徳目である。
殊に天台宗法華懺法懺悔滅罪を目的とする修法であり、また受戒の儀式には必ず受者の懺悔の段がある。
日蓮聖人は『光日房御書』の中で「小罪なれども、懺悔せざれば悪道をまぬがれず。 大逆なれども、懺悔すれば罪きえぬ」(定一一五九頁)、また『顕謗法鈔』において「懺悔なければ必ず地獄に堕つべし」(定二四八頁)と述べられる。
さて聖人は竜口の法難を境として自らを「旃陀羅の子」(『佐渡御勘気鈔』)「貧窮下賤の者」(『佐渡御書』)と申されるが、この「旃陀羅」という無冠の民の宣言には、穢れにまみれた自己の全てをさらけ出した赤裸々な滅の祈りがこめられているといえよう。
《『遺文辞典』教学篇「さんげ・懺悔」の項、『岩波仏教辞典』「懺悔」の項》

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