刀杖瓦石の難
刀杖瓦石の難
とうじょうがしゃくのなん
岡本かの子(一八八四-一九三九)の書いた随想。
「散華抄」所収。
仏典を題材に『鯉魚』『愚人とその妻』『鬼子母の愛』及び『阿難と呪術師』を書いた。
また仏教に深い関心を抱き各地に講演し『禅の生活』短歌篇選者になったほか仏教歌を作詞した。
特に観音信仰を持ち『観音経』を執筆した。
『散華抄』は昭和三年(一九二八)三九歳の時に『読売新聞』に連載、翌四年に大雄閣より刊行された。
人間・宗教・芸術の三つを表現したもので、感想前・後篇・コント・論文・歌・訳偈・一色一香集(随想)、新神秘主義(評論)等を収めている。
「刀杖瓦石の難」は感想後篇に収められている短文。
まことをもって世の中を生きていく時、迫害や中傷を受けることがある。
その時自分の行き方が誤っているのではないかと考える場合もあるが、日蓮聖人はそれを当然のこととして、これに対して強盛熾烈に闘っていくべきことを励まされた。日蓮聖人はまことを推し進めていけば「刀杖瓦石の難」を受けたびたび追い出されるのであり、この受難によって受難者は悪業を短期間に滅し難を与えた者に逆化の縁をうえつけることになると言う。
現代の言葉で説けば、まことの戦いによって迫害を受ける者はいよいよ生命を浄化され、同時に迫害する者の生命を包んでいる罪業のトゲイバラを破っていく端緒となるという。
「かたじけなき生命の法則かな。悲しくもうれしきわれらが聖者の遺訓なるかな」。これは、人間・宗教・芸術の三つを求め続け、そこにある「まこと」の姿を求めるが故に迷い苦しみ、心がくずれ折れ自分の行き方に疑いを抱いた時に、受難によって「生命を浄化」されると説く日蓮聖人に励ましを受けた心奥を綴ったものである。
また美と清浄さと情熱に生きる自己に非難・中傷が加えられた時「われらが聖者」の教えによって、中傷する迫害者をも美と清浄さに至らしめる「逆化の縁」になることを確信した悲しくもうれしき精神をも示している。
迫害を受けつつ「まこと」を求めて戦った日蓮聖人の志をうけとめ、刀杖瓦石の難を生命浄化の法則としてとらえた異色の内容をもつものである。