下種
下種
げしゅ
仏が衆生の心田に成仏の種子を下すこと。
種・熟・脱の三益(さんやく)の一。
これに迹門の下種と本門の下種とがある。
『法華玄義』一上に三種教相を説く中の第二化道始終不始終相で示される下種は、迹門化城喩品に基づいて、三千塵点劫の昔に大通智勝仏の第一六の王子たる釈迦牟尼仏が娑婆の衆生に初めて仏種を植えたときの下種を元始とし、以後化道を繰返して衆生を成熟し度脱する。
第三師弟遠近不遠近相では、本門寿量品に基づいて師弟の久遠は説くが、三益には言及しない。
寿量品を中心とする本門の下種は『法華文句』一上で因縁・約教・本迹・観心の四種釈を説明する中の、因縁釈とは何ぞやを解説する中で示される。
曰く「如来の自在神通之力・師子奮迅・大勢威猛之力は自在に説く」から、「三世九世」にわたって節々に種熟脱は繰返されているのであるが、その中から代表的に四節を今は選び出して示せば、一には「衆生久遠に仏の善巧を蒙り、仏道の因縁を種えしめ」(久遠下種)、中間に成熟し、今日度脱。
二には「久遠を種と為し、過去を熟と為し、近世を脱と為す、地涌等是也」。
三には「中間(大通)を種と為し、四味を熟と為し、王城を脱と為す、今の開示悟入の者也」。
四には「今世を種と為し、次世を熟と為し、後世を脱と為す、未来得度の者是也」という。
この中、第一・第二が本門の久遠下種、第三は迹門の大通結縁、第四は滅後の下種である。
節々の熟益は余教でもよいが、下種の法は常に法華経でなければならぬことは、湛然が『玄義釈籤』一に、『玄義』の第二教相を釈する中で「余教を以て種と為さず」といっている。
また節々の教主が常に釈尊であることは、釈尊の自在神通之力等の三世益物の力によって三世九世の三益が繰返されるとすることによって明らかである。
日蓮聖人の下種論は『三種教相』(定二二二八頁)によれば、右の外、更に広く三大部より典拠を求めているが、要するに右の二処を原拠としてこれを発展充実したものである。
聖人が下種を論じた最初は『祖書続集』上に所収の『三種教相』で、定遺は正嘉元年(一二五七)に係けるが、『境自』は康元(一二五六)とする。
次が正元元年(一二五九)作の『十法界事』(定一三九頁)で、爾前当分の得道は法華の過去下種の熟益にすぎないと論じ、次が弘長二年(一二六二)二月作の『教機時国鈔』で「機」を論ずる中に「謗法の者に向ては一向に法華経を説くべし。
毒鼓の縁と成さんが為也。
例せば不軽菩薩の如し。
亦智者と成るべき機と知らば、必ず先づ小乗を教へ、次に権大乗を教へ、後に実大乗を教ゆべし。
愚者と知らば必ず先づ実大乗を教ゆべし。
信謗共に下種と為れば也」(定二四二頁)とある。
智者には先権後実の摂受、愚者には一向法華経の折伏という説き方は、やがて正像二千年は摂受、末法は一向に折伏下種という説き方に一定する。
以後、下種論は種々の展開を見るに至るが、日蓮教学上最も大切な点は、種を知らない脱は有名無実であるという爾前無得道論と、末法下種論とである。
初めに爾前無得道論は『十法界事』に「天台宗に於て三種教相あり、第二の化導始終の時、過去世に於て法華結縁の輩あり、爾前中に於て且く法華の為に三乗当分の得道を許す、所謂種熟脱の中の熟益の位なり」(定一三九頁)とあるのがそれで、前四味において得道(脱)があるのは、大通結縁のときの種がたまたま前四味のとき熟したにすぎず、実には法華の得道であるとするもので、『本尊抄』に「進ては華厳経等の前四味を以て助縁となして大通の種子を覚知せしむ。
此は仏の本意に非ず、但だ毒発等の一分也」(定七一四頁)とあるのと同意である。
これを奪っていえば『開目抄』の「真言・華厳等の経経には種熟脱の三義名字猶なし。
何況其義をや。
華厳真言経等の一生初地・即身成仏等は経は権経にして過去をかくせり。
種をしらざる脱なれば超高が位にのぼり、道鏡が王位に居せんとせしがごとし」(定五七九頁)、『本尊抄』の「設い法は甚深と称すとも未だ種熟脱を論ぜず、還て灰断に同じ、化に始終なしとは是也」(定七一四・八九七頁にも同文あり)という表現となる。
次に末法下種論とは『本尊抄』に「在世の本門と末法の初は一同に純円也。
但し彼は脱、此は種也。
彼は一品二半、此は但だ題目の五字也」(定七一五頁)、『曽谷入道殿許御書』に「正像二千余年には猶ほ下種の者あり、例せば在世四十余年の如し、機根を知らずんば左右なく実経を与ふべからず。
今は既に末法に入て在世結縁の者は漸々に衰微して権実の二機皆悉く尽きぬ。
彼の不軽菩薩末世に出現して毒鼓を撃たしむるの時也。
而るに今時の学者、時機に迷惑して(略)題目の五字を以て下種と為すべきの由来を知らざる歟」(定八九七頁)、『教行証御書』に「今末法に入ては教のみ有て行証なく、在世結縁の者一人もなし。
権実の二機悉く失せり。
此時は濁悪たる当世の逆謗の二人に、初て本門の肝心寿量品の南無妙法蓮華経を以て下種と為す」(定一四八〇頁)等と示されるのがそれで、下種の法体は寿量品の肝心たる妙法五字、在世及び正像二千年は熟益・脱益を表とするに対して、末法は専ら下種すべき時であるとする。
末法を下種の時とする理由は、久遠下種・大通結縁の者は在世に脱益を完了する。
在世下種結縁の者は正像二千年に脱益を完了して、末法には過去下種の者は概していない。
これを本未有善の機という。
この時は地涌千界が出現して新たに下種を開始しなければならないというのである。
『本尊抄』・『小乗大乗分別鈔』・『曽谷入道殿許御書』等に詳しい説明がある。
下種の方法は不軽菩薩の例にならって、謗法の者にも毒鼓の縁を結ばしめるために折伏を表とする。
下種された者は、いかにして自分に与えられた仏種を成熟し、度脱するかというと、原則は種即脱である。
遺文中に名字即成仏といわれるのがそれで、名字即とは聞法の位であり、下種され法華経を信じて法華経に結縁した当初をいう。
更に明瞭には、『本尊抄』に「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。
我等此の五字を受持すれば、自然に彼の因果の功徳を譲り与へたまふ」(定七一一頁)とある。
受持の当初に釈尊の因果の功徳が自然譲与されるとすれば、下種即脱益である。
しかし脱益、即ち成仏にも上下の段階があって、自覚覚他覚行円満こそが真実の究極的成仏であるから、覚他すなわち浄仏国土、即ち立正安国の宗是を完了するために、忍難弘通の受持が要請される。
仏性と仏種との関係について、仏性は『涅槃経』に「一切衆生悉有仏性」とあり、また仏性とは真如であるから、永遠不滅である。
すると末法の衆生にも仏性はあるわけであり、また仏種と仏性とは元来は同義語であるとすれば、末法に下種しなければならぬ必要はなくなるではないかという道理も成立つが、宗学では仏種(ぶつしゆ)を乗種と性種とに分け、性種はまさしく仏性に相当するが、乗種は聞法を縁として縁起するものであるとする。
今いうところの下種の種は乗種である。
聖人滅後、下種論は本因下種か本果下種か、下種の導師は釈尊か地涌の菩薩か等をめぐって論義が展開される。
八品派祖の慶林日隆(一三八五-一四六四)、日真門流の承慧日修(一五三二-九四)、日陣門流の智門日求(一五七六-一六五五)、日興門流の堅樹日寛(一六六五-一七二六)等は本因下種、地涌・上行菩薩を下種の教主とし、日尊門流の広蔵日辰(一五〇八-七六)、日真門流の唯妙日東(-一八二四)らは本果下種を主張する。
これに対して一致派は宗門常識的に本因本果具足の妙法五字を末法下種の法体と見た。
《望月歓厚「本因果妙論の考察」『日蓮教学の研究』、同『日蓮宗学説史』、『遺文辞典』教学篇「下種」「毒発(どくほつ)」の項、『日蓮辞典』「下種」の項、『天台学辞典』「毒発不定」の項》
(浅井円道)