立正安国
立正安国
りっしょうあんこく
正(法)を立てて国を安んずと読む。
正法とは法華経、国とは直接的には日本国の国土、広くは世界の人類を指す。
立正安国の四字は日蓮聖人の宗教の使命とするところを最も端的に表現した言葉であり、例えば大正十一年(一九二二)一〇月一三日勅諡された大師号を「立正大師」というのも、その意に外ならない。
この語は文応元年(一二六〇)七月一六日、宿谷入道を仲立ちとして前執権北条時頼に進覧された『立正安国論』に由来した語であるが、論を読むと全部で一〇番の問答があるうちの八番までは破邪に終始し、わずかに九番問答のうちに立正による安国が述べてあるにすぎないから、論の肝心は内容よりも題名にあると見ることもできる。
その文とは「汝早く信仰之寸心を改めて速かに実乗之一善に帰せよ。然れば則ち三界は皆仏国也。仏国其れ衰へん哉。十方は悉く宝土也。宝土何ぞ壊れん哉。国に衰微無く土に破壊無くんば、身は是れ安全にして心は是れ禅定ならん。此の詞此の言信ずべく崇むべし」(定二二六頁)というもので、立正安国の最も直接的な意味はここにある。
即ち邪信を改めて「実乗の一善」たる法華経に帰命することが立正、衰微・破壊のない仏国を成就して身の安全・心の禅定を得ることが安国である。
『如説修行鈔』に「天下万民諸乗一仏乗と成て妙法独り繁昌せん時、万民一同に南無妙法蓮華経と唱へ奉らば、吹く風枝をならさず、雨壌を砕かず、代は羲農の世となりて、今生には不祥の災難を払ひ長生の術を得、人法共に不老不死之理顕れん時を各各御覧ぜよ。現世安穏の証文疑ひあるべからざる者也」(定七三三頁)とあるのも同意であるが、身の安全、心の禅定の問題がより具体的である。
「此の詞此の言信ずべく崇むべし」とは「汝」に対する教誡であるが、汝とはここでは浄土宗の信者に特定できる。
浄土宗は法然の教えを守って、この穢土を厭い捨て、極楽に往生することを人生の唯一絶対の目的とし、専ら念仏し易いように生活を調整する。
『三心義』に「浄土門といふは、この娑婆世界をいとひ、かの極楽をねがひて、善根を修する門なり」(『昭和新修法然上人全集』四五五頁)等という。
この娑婆を浄土化するなどということはおよそ浄土信仰に反することである。
また現代においても一切の人類は世界平和を願うが、果して実現可能かを問えば、絶対に実現できると答え得る人は少ない。
ところが聖人にとって仏国土を娑婆に実現することは法華経の経説であり、(法華経の広宣流布が)実現しなければ釈迦・多宝・十方の諸仏は無間地獄に堕ちることになる(『報恩抄』末文)ほどであるから、絶対に実現するはずのことであり、また絶対に実現させなければならない。
故にこの言詞を信崇せよといわれる。
即ち立正安国は消極的には法然の浄土門に対する宗教の使命は何ぞやの提示であり、積極的には法華経の経説の実現という大命題である。
しからば法華経のどこに立正安国の経説があるか。
そもそも聖人の一言一行はすべて法華経に源を発せざるはない。
従って立正安国も必ず法華経に渕源するはずである。
法華経では譬喩品に「今此三界皆是我有 其中衆生悉是吾子 而今此処多諸患難 唯我一人能為救護」と聖人のいわゆる教主釈尊は我ら娑婆の一切衆生の主師親三徳有縁の仏であるという経説がある。
また化城喩品には大通智勝仏の十六王子の第一六番目として釈尊は娑婆を自己の住所として選び取り、三千塵点劫以来ここに住して繰返しここの衆生を教化してきたという。
更に寿量品では久遠実成の釈尊は「我常在此娑婆世界」「我常住於此」の仏であり、「衆生劫尽きて大火に焼かるると見る時も、我が此の土は安穏にして天人常に充満せり」と、娑婆が不滅の浄土であることを示す。
これを寿量品で示される三妙の中の本国土妙という。
聖人はこの経説をうけて『開目抄』では「此過去常顕るる時、諸仏皆釈尊の分身なり(略)今爾前迹門にして十方を浄土と号して、此土を穢土ととかれしを打かへして、此土は本土となり、十方の浄土は垂迹の穢土となる。」(定五七六頁)、『本尊抄』には「華蔵・密厳・三変・四見等の三土四土は皆成劫の上の無常の土に変化する所の方便・実報・寂光・安養・浄瑠璃・密厳等也。能変の教主涅槃に入れば、所変の諸仏随て滅尽す。土も亦以て是の如し。今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出たる常住の浄土なり」(定七一二頁)といわれる。
ここにいう「本時の娑婆世界」は「常住の浄土なり」とは、経説に照らせば、衆生がこの土を火宅と見る時も、仏眼をもってすれば天人常充満の浄土であるという文に相当するから、仏には浄土と見えるが、凡夫は煩悩に生きているから決して浄土と見ることができぬかというと、凡夫はこれを信心決定心をもって見ることができる。
故に『本尊抄』の「今」とは信心決定の今であると解釈する向きが多い。
しかしそれだけではまだ個人的浄土たるに過ぎない。
『開目抄』ではこれを「此土は本土なり」という。
本仏釈尊が常住する土だから本土である。
現実はたまたま諸悪に蔽われて穢土の様相を呈しているが、娑婆の本来は浄土であるという意味もそこには含まれているのである。
もしそうなら娑婆は決して浄化不可能として見捨てられるべきものではない。
微力ながら末代の凡夫の渾身の一致協力次第では必ず実現できる。
娑婆の本来は浄土なのであるから。
『安国論』の「此の詞此の言信ずべく崇むべし」の信崇できる理由はここにある。
しかし正直にいって、南無妙法蓮華経と唱えるだけの世界では、まだ安国とはいえない。
まして但信無解の唱題の場合、口には唱題していても心では何を考えているかわからない。
とんでもない悪い考えを抱いていることさえあり得る。
そこで聖人は三業受持を要求し、また安国の一条件として報恩を重要な徳目とされた。
恩の関係、それも余程に強力なしたたかな恩の関係を以て人間関係を連結すれば、悪口・偸盗・殺害・戦争などというものは消滅するはずである。
しかも報恩とは一念三千の別表現でもある。
自に他を具し他に自が具されるという法華経の真理を報恩という人倫的な用語に置換えたものである。
この点、立正安国を毛頭考えない法然は報恩という徳目も捨て去った。
孝養父母奉事師長・受持三帰具足衆戒・発菩提心の三は三福といって、雑行として捨てられるものである。
ところが聖人は立正安国を生涯の使命とされた。
故に生涯に幾たびとなく『立正安国論』を書写し、国諫の砌に上呈し、池上での最後の説法の時も列座した人々に『立正安国論』を講じられたと日朝の『元祖化導記』は伝えている。
『開目抄』に有名な「我日本の柱とならむ、我日本の眼目とならむ、我、日本の大船とならむ」(定六〇一頁)の三大誓願も、立正安国を誓願とするという意味の表明に外ならない。
(浅井円道)