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三大誓願

さんだいせいがん #146

三大誓願

さんだいせいがん

日蓮聖人の主著『開目抄』(かいもくしよう)の後半に述べられる日蓮聖人誓願
「本もと願がんを立つ。 (略)我れ日本の(はしら)とならむ、我れ日本の眼目(がんもく)とならむ、我れ日本の大船とならむ、等とちかいし願、やぶるべからず」(定六〇一頁)と、日蓮聖人が日本の柱・日本の眼目・日本の大船となることを誓願し、その実現のために身命を捧げてきたことを明らかにしたことをいう。

(1)「本(もと)願を立つ」について、『昭和定本日蓮聖人遺文』には寂照日乾の真跡対照本によって「本(もと)願を立つ」と表記しているが、それ以前の霊艮閣版『日蓮大聖人遺文』等には「大願を立てん」と表記している。 「立(つ)」「立(てん)」の( )内は後人の訓点であり「大願」「本願」の違いは真蹟のよみかたによる。
「大願を立て」という訓(よ)みかたは、いわゆる「一天四海皆帰妙法」(一天のもと東西南北の四海をことごとく皆妙法に帰せしめよう)という日蓮聖人の「妙法広布」(妙法のえを広く世界に布(し)こう)の大きな願いを推し進めて行こうとするイメージに連なっている。
それに対して「本(もと)願を立つ」という表現は日蓮聖人の根本からの願いを連想させる。
ところで後に述べるように、「日本の・眼目・大船」という表現は、教主釈尊の仏格を意味する表現なのであって、日蓮聖人の誓願は教主釈尊の誓願の継承なのである。 同様に『開目抄』の「本(もと)願を立つ」という表現は、法華経方便品の「我本立誓願 欲令一切衆 如我等無異 如我昔所願」等の経説を受けているのである。 このことからすれば「本と願を立つ」とは、立教開宗以来の日蓮聖人誓願を明らかにする言葉であると共に、その誓願が釈尊の誓願を継承するものと解することができる。
そのような『開目抄』一篇の緊密な構想に基づくならば、どうしても「本と願を立つ」でなければならないのである。

(2)釈尊誓願の継承=『開目抄』の冒頭、日蓮聖人はまず「夫れ一切衆生の尊敬すべき者三つあり。 所謂主・師・親これなり」(定五三五頁)と、この世界の精神的指導者たることを決定するものは、聖者が主徳・師徳・親徳の三徳をもっているかどうかということによって判定されるとした。 そして、この三徳を規準として儒教・外道・更にについて考察を進めて行く。
この三のなかで三徳を本当に具えているのは仏教の教主・釈尊であることを明らかにして「三には大覚世尊。 此れ一切衆生の大導師・大眼目・大橋梁・大船師・大福田等なり」といい、それに対して「外典外道の四聖三仙(しせいさんせん)、其の名は聖なりといえども実には三惑未断(さんなくみだん)の凡夫、其の名は賢なりといえども実に因果を弁(へ)ざる事嬰児(えいじ)のごとし」(定五三八頁)と、仏教以外の精神文化を教える賢人たちは三徳に達していないためにそのえも真実を極め尽したものではないと批判するのである。
それに続いて「彼を船として生死(しようじ)の大海をわたるべしや。 彼を橋として六道の巷(ちまた)こゑがたし。 我大師は変易へんやく猶なをわたり給へり。 況や分段の生死をや。 元品(がんぽん)の無明(むみよう)の根本(こんぽん)猶をかたぶけ給へり。 況や見思枝葉(けんじしよう)の麁惑(そわく)をや」と述べるのは、更に教主釈尊の到達した境地とそれ以前の儒教・外道の聖者たちの到達した境地との相違を明らかにするのである。
このような考察は更に『一代五時図』によってより具象的に述べられる。 ち主徳・師徳を外典・外道ないしインド・中・日本の歴史のなかで検討し、親徳については八親・六親等を媒介として考えるべきことを図示している(定二三三八-九、二三五八頁)。 このように、三徳を検討することが教主釈尊の誓願の重さを明らかにして行く伏線となっているのである。
日蓮聖人の法華経把握において十界に皆、己界(こかい)の界を具えていることを顕すことが最大の課題である。 いわば、これによって教主釈尊の救済が確証せられるのである。 方便品の「衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」以下の開示悟入の文は一切衆生(いつさいしゆじよう)を救済する仏の誓願の具現であり、具体的にいえばそれは声聞・縁覚の二乗も、無性有情の一闡提(いつせんだい)も、総じては九法界の衆生ことごとくを救済する教主釈尊の誓願の実現が示されるものである。 これによって「衆生無辺誓願」の総願が実現するものである(『開目抄』定五七〇頁)。
このような誓願教主釈尊の久遠よりの誓願であることが明らかにされたのが、前に引用した方便品の文である。 方便品には「我本立誓願 欲令一切衆 如我等無異 如我昔所願 今者已満足 化一切衆生 皆令入仏道」(われ、本(もと)誓願(せいがん)を立つ。 一切の衆をして、わが如く等しくして、異なることなからしめんと欲す。 わが昔の所願の如きは、今は已(すで)に満足しぬ。 一切の衆を化(け)して、皆、仏道に入らしむ)と示されている。 諸大菩薩教主釈尊のこの法門を聞いて、その領解(りようげ)を次のように述べた。 「我等、昔よりしばしば世尊の説を聞けども、未だ曽つて是の如き深妙の法を聞かず」と。
一般的に言えば、釈尊の教化活動はすべての衆生をして仏道に入らしめることにあったことは言うまでもない。 しかし日蓮聖人は一代五時の教判によって、釈尊の教説はかならず順次第を経て顕らかにされるものであると示される。 教主釈尊の本懐(ほんがい)(=真意)が明らかにされるのは法華経であるとの結論を導く。 というのは華厳経(けごんぎよう)の内容は聴衆のすぐれた大菩薩や諸天によって察知されている法門(ほうもん)(=おしえ)であるから、それらの対機は釈尊の真弟子であるに十分でない。 以後、阿含・方等・般若の各部諸経典において、釈尊は初めて釈尊に従って仏道を求める人びとを化した。 それらの人びとは一応は釈尊の弟子といえようが、その教説の内容は華厳時の法門の内容を超えるものではないから、その点からすれば、師と弟子との関係は完全なものとはいえない。 しかるに法華経に入って、二乗作仏(にじようさぶつ)・久遠実成(くおんじつじよう)・一念三千(いちねんさんぜん)の法門が初めて明らかにされた。 しかもこの法門三世諸仏説法の儀式の上で明らかにされたのであるから、応身の釈尊として最終の法門であるのみならず、久遠実成教主釈尊の終窮極説(じゆうぐうごくせつ)の法門であり、ここに真の師と弟子の関係が確立されたわけである。
その上、一念三千の法門が明らかにされて「十界に皆、己界(こかい)の仏界を顕す」ことが示されて、二乗も一闡提仏道を完成することが約束された。
このように法華経において初めて釈尊誓願が具現されたのである。

(3)誓願の実現=日蓮聖人がその御生涯をなげうって法華経の弘通に尽くされたのは、このような教主釈尊の誓願が、殊に末法の衆生に向けて上行菩薩等の地涌の菩薩への別付嘱として予言されているためである。
日蓮聖人上行菩薩への別付嘱の実現という具体的目標によって、釈尊の誓願を実現しようとされた。 ちそれが建長五年四月二八日の立教開宗の日からの弘教(ぐきよう)実践の原動力であり、とりもなおさず三大誓願である。
しかし聖人はそれを軽々しく発表されなかった。 実に幾多の法難によって法華経の予言を色読(しきどく)(=身読)された後、上行菩薩応現の御自覚の世界を『開目抄』一篇に発表されるにあたって、初めて「三大誓願」を持ち続けられて来たことを明らかにされたのである。
三大誓願」は日蓮聖人門下の広宣流布の旗じるしとして語り叫ばれて来たが、今日にこそ、日蓮聖人の広大にして深渕なる宗教世界と緊密に結び合わせて解せねばならない。
なお、清水龍山は『開目鈔講義』において、真蹟の表記にかかわらず「大願を立てん」と読むべきであるとしているが、それは一天四海皆帰妙法の祖願の達成という点に重心を置いたためであろう。
《茂田井亨『開目抄講讃』、石川海典『日蓮聖人御遺文講義』二巻、清水龍山『日蓮聖人遺文全集講義』九巻、山川智應『開目抄講話』、『遺文辞典』教学篇「誓願」の項、『日蓮辞典』「三大誓願」の項、『日蓮聖人大事典』「日蓮聖人誓願」の項
(渡辺宝陽)

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