一代五時図
一代五時図
いちだいごじず
『一代五時図』というのは釈尊一期の化導を五期にわけた天台智顗の五時教判を図表にしたもので五時に諸宗の宗義、経論釈の要文を配当して、一見して諸宗の位置・教学の理解に便ならしめられている。
日蓮聖人が作成された多くの『一代五時図』のうち一応完結していると見られるものは定本遺文第三巻図録九・一三・二〇・二二・二四・二五の諸本でこれらは中山法華経寺・西山本門寺その他に格護されている。この他に、一紙・二紙・小断簡となっている『一代五時図』が三本現存(真間弘法寺ほか)し、さらに身延曽存本が日乾臨写本として存する(京都本満寺)。
また『一代五時鶏図』と名づけられる五時図がある。
これは一代五時の仏法の系統即ち仏法を相継・相承している伝来の道すじを示す系図、系譜を示すもので、鶏図というのは系図・継図から来た通音・借音をもって鶏図と書かれたものであろう。
その全容は、あたかも尾長鶏(長尾鳥)の姿のようでもある。
この『一代五時鶏図』と記された五時図は定本図録の二二・二四・二五で真蹟は京都妙覚寺と本満寺と本圀寺に格護されている。
この『一代五時図』『一代五時鶏図』の図示の最初は一般に「大論云 十九出家 三十成道」あるいは「十九出家 三十成道」の句から始められて、図示、要文が書きこまれている。
一代五時の図示説明は時処に応じて行われたようで、一紙、二紙のものが多く残っている。
この僅かの数紙に五時ないし八教の名目がしるされ、あるいは迹本二門と四教が並べられ、また唐の浄土宗諸師の図示、天台宗と五時八教対照図等、定本遺文第四巻に収められている真蹟断簡二四一・二四二・二四八等を見ると、その線の引き方、要文の示し方など、聖人が弟子達を前にして書き教え示されている状況を眼前に髣髴たらしめ、これらは講義のために用いられたものであることが判然する。
こうして講義の現場で用いられた五時図と、『一代五時図』『同鶏図』との関係を考えてみると、整束されたものが先に著され一紙ものは後に書かれたものであるというような前後関係にあるものではないようである。
このことはこれら諸本の筆跡が文永・建治・弘安のころのものが入り混っていることによって知られる。
即ち講義された時に即座に書かれたものと整備して書かれたものとの相違であって前後関係にあるものではないとせねばならない。
次に三宝寺録外に載せられた『一代五時継図』(図録二九)と刊本録外の『釈迦一代五時継図』(図録三〇)について見るとこの五時図は「鶏図」でなく「継図」と記してある。
これは『一代五時図』と同じように「大論云 十九出家 三十成道」の文をもって始まる一代五時の系図であるが、その説明は詳細で、三宝寺録外の方は梵・漢・日本にわたって伝持の諸師をつぶさに図示し、特に日本の諸宗の間に行われている念仏義を紹介してこれを論評しており、刊本録外の方は五時を説いて法華最勝を述べ、次に浄土宗、真言宗、禅宗の所立を挙げてこれを論破し、終りに三種教相を述べて法華最勝を結成している。
いわば両書は仏教概説であり、更に諸宗対破の入門書として撰述されたもののようである。
この両書は聖人の真撰とは認めがたいが恐らく聖人の滅後『一代五時図』の類書が、初心のために極めて便利な指導書であるので、この五時図に先師が自身の領解、ないしは見聞の事項を書き入れ入門指南書としたものであろう。
聖人が「鶏図」と書かれているのを「継図」と改めている所に先師の意図がうかがわれるようである。
しかも年月を経るうちにこの「継図」の方も『五時図』『五時鶏図』と同等視され聖人親撰の御書としての扱いをうけ、三宝寺録外、刊本録外に編入されるに至ったものと考えられる。
《『遺文辞典』歴史篇「一代五時図」の項、『図説日蓮聖人と法華の至宝』二巻「真蹟遺文」》