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報恩

ほうおん #1253

報恩

ほうおん

恩に報いること。
日蓮聖人遺文には恩・知恩・知恩報恩ともある。
恩の種類については『心地観経』二には父母・一切衆生・国主・三宝の四恩を説き、『正法念処経』六一には母・父・如来・説法法師の四恩を説くなど、経典によって徳目の出し方は違うが、日蓮聖人は『心地観経』の四恩説によられた。
四恩鈔』に「仏法を習ふ身には必ず四恩を報ずべきに候か。四恩とは心地観経に云く、一には一切衆生の恩(略)、二には父母の恩(略)、三には国王の恩(略)、四には三宝の恩」(定二三七-八頁)とある。
これに「師の恩」(定一八〇・三七六頁等)を加えることもあり、また王の恩を「国土の恩」(定四二二頁)、「恩」(定二三八頁等)、「生の恩」(定一〇五五頁)と換言されることもある。
聖人報恩をいかに大切な徳目として考えておられたかは、右の『四恩鈔』を始め、『開目鈔』の冒頭は「夫れ一切衆生の尊敬すべき者三あり、所謂主・師・親これなり」(定五三五頁)で始まり、以下、内外相対して内道を取り、大小相対して大乗を取り、権実相対して実教の法華経を取るときの取捨の規準を報恩に置き、最後に「儒家の孝養は今生にかぎる。未来の父母を扶けざれば、外家の聖賢は有名無実なり。外道は過未をしれども父母を扶る道なし(外)。仏道こそ父母の後世を扶れば聖賢の名はあるべけれ(内)。しかれども法華経已前等の大小乗の経宗は自身の得道猶かなひがたし。何に況や父母をや。但文のみあて義なし(小・権)。今法華経の時こそ、女人成仏の時悲母の成仏顕れ、達多の悪人成仏の時慈父の成仏も顕るれ。此の経は内典孝経也」(定五九〇頁)と結ばれる。
世界の思想の高低を報恩の成否によって判定するということは、古今に例をみないところで、もって聖人が如何に報恩を重んじておられたかを知るべきである。
また『報恩抄』は師の道善房の墓への手向草として書かれ、日向を遣わして師の墓前に読ましめられたことは有名な事実(『報恩抄送状』)で、その冒頭も「夫れ老狐は塚をあとにせず、白亀は毛宝が恩をほうず。畜生すらかくのごとし。いわうや人倫をや(略)。いかにいわうや、仏教をならはん者の、父母・師匠・国恩をわするべしや」と起筆して、自分が生涯に積んだ「此功徳は故道善房の聖霊の御身にあつまるべし」(定一二四九頁)と、功徳を回向して終る。 従って聖人の生涯は報恩に明け、報恩に暮れた。
まず出家の動機は「父母の家を出て出家の身となるは必ず父母をすくはんがためなり」(定五四四頁)、『立正安国論』献上による国家諫暁は「此れ偏へに国土の恩を報ぜんが為也」(『安国論御勘由来』定四二二頁)、師匠道善房への報恩は『善無畏三蔵鈔』『報恩抄』の通りであり、父母への報恩は『可延定業御書』『伯耆公御房御消息』に悲母を祈って四ヵ年の寿命を延べ、身延にては思親閣に登って故郷の父母のに祈りを捧げたるが如きである。
また檀越に対しても忠孝を勧め、池上兄弟の老父に対する孝養のあり方、四条金吾の主君に対する忠義のあり方を如何に懇切丁寧に指導されたことか。
聖人の破斥の対象とされた法然源空が孝養父母・奉師長を三福九品の一に数え、雑行として棄捨を勧めたことと比べて、大なる差違である。
但しその報恩は法華信仰の持不をもって最終の可否とする。
池上兄弟への養の指導も、四条金吾への忠節の指導も、法華信仰か忠孝かの瀬戸ぎわに立たされた両人に対して、如何にすれば法華信仰を捨てずに忠を全うできるかの指導であった。
法然は持戒も菩提心報恩も捨てて念仏の専修に傾倒したのに、何故に聖人は唱題のみならず、報恩等を重んぜられたか。 その由は、一に一念三千を法華経の根本真とされたことによる。 一念三千は十界互具から始まる(『開目抄』)が、十界互具とは人界に他の九界を具することであるから、自に他を具し、他に自を具するということでもある(『一代聖教大意』)。 この自他互具を倫的用語に置換えれば、恩をもって人間関係を結ぶことに外ならない。報恩一念三千の倫理的表現に外ならず、報恩行は法華経の倫的実践に外ならない。
二に聖人信仰立正安国宗旨とするからである。 苟しくも安の建設を望むかぎりは人倫を大切にしなければならない。 それは厭離穢土宗旨とする法然穢土における人関係を問題にしなかったことと好対象である。
三に報恩律だからである。 『梵網経』も十重四十八軽戒を説くに先立って「初に菩薩の波羅提木叉(戒本)を結したまふ。 父母・師僧・三宝順し、至道の法に順せよ。 を名けて戒と為し、亦制止と名く」と誡め、次に一々の戒条を解説する段においても父母・師僧・三宝への孝順心にしばしば言及するから、報恩を菩薩戒の根本としていることがわかるが、この精神を承けて報恩を菩薩戒の根本に据えたのは、比叡山円頓戒思想史上においては五大院安然(八四一-九〇三-)で、その『普通授菩薩戒広釈』は菩薩戒伝授の一二門の至る所に報恩を掲げ、題一一奉持の項では「唯だ四恩に報ゆるを名けて持戒となす。設使ひ律儀・善法を持つと雖も、四恩を報ぜざれば名けて破戒となす。一切事に触れて報恩行を修せば、挙足下足ち是れ地、言語動作皆是れ法なり」という。
聖人は『註法華経』中に本書の報恩重視の文を再三書入れると共に、遺文では『災難興起由来』(定一六九頁)以来本書の引用があるから、正元二年(一二六〇)の頃から本書を研究されたわけであり、『四恩鈔』で『心地観経』の四恩説を採用されたのは本書に拠るところかと推定される。
中に「心地観経梵網経等には仏法を学し円頓の戒を受ん人は必ず四恩を報ずべしと見えたり」(定二三九頁)とある文には、報恩菩薩奉持の一環と見る意向が汲みとれる。
清水龍山「四恩講話」『日蓮聖人御遺文講義』五巻、浅井円道「宗祖と五大院安然」『大崎学報』一二五号、『遺文辞典』歴史篇「報恩」の項、『日蓮聖人大事典』「日蓮聖人と報恩」の項、『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「報恩」の項》

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