梵網経
梵網経
ぼんもうきょう
詳しくは『梵網経盧舎那仏説菩薩心地戒品第十』といい、『菩薩戒経』、『梵網菩薩戒経』とも略称。
上下二巻。
従来より鳩摩羅什訳とされてきたが、今日ではその偽撰が裏付けられ、五世紀中頃の成立といわれる。
下巻を特に『菩薩戒経』とも『大乗菩薩戒本』とも別称。
上巻の序文によると広本(全文)は「一百二十巻、六十一品」あるが、本経はその中の一品を独立させたもので、専ら菩薩行地(菩薩の階位や戒律に関するもの)を明かしたものであることが知られる。
本経は大乗菩薩戒を説く根本聖典として有名である。
その内容は、上巻では菩薩の修行階位(四十位)として、十発趣心・十長養心・十金剛心・十地の位(四十心地法門)が説示されている。
下巻は、一般に梵網戒として広く知られている大乗菩薩戒、即ち十重禁戒と四十八軽戒の戒相が詳説されている。
『梵網経』は、盧舎那仏が不可説の法門である「心地法門」(一切万徳を生じてこれを実らせる意)をここに説示した経である。
経名の梵網とは、梵天の因陀羅網の喩えに因み、この戒が華厳の重々無尽の精神に因んで、一切衆生を普く対象とすることを表示したものである。
故に、本経は華厳の結経ともいわれている。
梵網経所説の梵網戒は、菩薩戒・大乗戒・円戒などとも呼ばれ、中国や日本でも広く重要視されてきた。
天台智顗には『菩薩戒本疏』の著述があり、特に最澄は南都の小乗律に対し円戒を提唱して「真俗一貫」の戒(四条式)、つまり、大乗戒(一乗戒)を強く主張したのである。
最澄は叡山の戒を仏性戒と称したが、それは本経下巻の光明金剛宝戒を説示する経文の「是れ一切の仏の本源、一切の菩薩の本源にして、仏性の種子なり。一切の衆生に皆仏性有り。一切の意識色心、是の情、是の心皆仏性戒の中に入る。(略)是の法戒は是れ三世一切の衆生、頂戴受持するところ、(略)是れ一切の衆生の戒の本源にして自性清浄なり」を本拠とする。
また、本経では孝順心を強調していることから、最澄が「四条式」にいう「真俗一貫」の戒とは、小乗律のように出家・在家の区別をせず、一切衆生に共通する戒(一切衆生本源)として、この戒の受戒は仏性の自覚・開発にあるとする点に注目せねばならない。
このように、最澄の菩薩戒思想の根底には、梵網円戒を中心理念とし、そこに展開された仏性戒がある。
日蓮聖人は、梵網経を華厳経の結経として位置付け、本経を大乗戒の根本出典と見ている(定二三三三、二三五五頁)。
また、本経が円教をも説く証拠として「衆生仏戒を受くれば即ち諸仏の位に入り、位大覚に同うし已れば真に是れ諸仏の子なり」の経文を援引しているが、これを「爾前の円の証文」(定六四、一八一-二頁)といい、法華の円とは区別する。
つまり、本経の会座に二乗が列なっていないことから、最澄の主張する仏性戒も声聞・縁覚の二乗に対しては説かれず、ただ大乗の菩薩根性に対してのみ説かれているので、これを「権大乗戒」と称して斥けている(定五、一七九、一八〇、一七二四、二八九七頁)。
聖人の目指す実大乗戒とは、法華経の本門思想を中心とする戒、つまり本門戒ということになる。
ところで聖人の戒や戒相について詳述した遺文はほとんど見当らない。
ただ三大秘法中本門の戒壇という名称の記述があることから推して、本門の戒を授受する場が聖人の思考の中で大きな位置を占めていたことだけは確かである。
なお、パーリ仏典経蔵長部に収録されている第一経の『梵網経』(巴: Brahmajāla-sutta)の経名の「梵網」とは「聖なる網」の意で同じ題名であるが、内容が全く異なる経典である。混同されることがあるので、留意のこと。
《『遺文辞典』歴史篇「梵網経」の項、『大蔵経全解説大事典』「一四八四・梵網経」の項、『大乗経典解説事典』「諸経部」、『岩波仏教辞典』『仏書解説大辞典』「梵網経」の項》