本門戒
本門戒
ほんもんかい
本門戒という名称は弘安二年(一二七九)に係けられる『本門戒体鈔』に見える。
本鈔は初め小乗戒・大乗戒を通説し、次に迹門戒、最後に本門戒を説く。
戒相は『梵網経』の十重禁戒に名を借り、これを法華経意に約して説明する。
(一)不殺生戒、爾前の仏は二乗・闡提・無性有情を成仏せしめぬ故に殺生罪を免れず。
今経に悉く成仏せしむ。
故に今身より仏身に至るまで爾前の殺生罪を捨てて「法華経寿量品の久遠の不殺生戒」を持てと。
(二)に不偸盗戒、爾前の仏は二乗・闡提等の九界の衆生の仏性の玉を盗んで成仏せしめず、故に偸盗罪を免れず、故に「法華寿量品の久遠の不偸盗戒」を持てと。
(三)に不邪婬戒、(四)に不妄語戒、(五)に不酤酒戒、(六)に不説四衆過罪戒、(七)に不自讃毀他戒、(八)に不慳貪戒、(九)に不瞋恚戒、(一〇)に不謗三宝戒についても同様に解説を施して終る。
しかし本鈔の成立については疑わしい点が多い。
迹門戒を説明するのに「伝教大師の顕戒論に云く、大乗戒に二あり、一には梵網経の大乗、二には普賢経の大乗也」(定一七二三頁)というが、こういう分別は『顕戒論』等の円戒関係書にはない。
『法華経』からは初修業菩薩の山籠制、『普賢経』からは伝戒の儀式について不現前の三師一証一伴の勧請と現前の一伝戒師、戒相については『梵網経』の十重四十八軽戒を用いるというのが伝教大師の円戒の実際である。
また本門戒に梵網の十重禁戒を借名するという趣旨は本鈔にあるのみで、他遺文には全く見られない。
従って本門戒即ち日蓮聖人の戒観の実態は他に求めねばならない。
『四信五品鈔』に「末法に入て初心の行者必ず円の三学を具するや不や。答て曰く、此義大事為り、故に経文を勘へ出して貴辺に送付す。所謂五品の初・二・三品には仏正しく戒定の二法を制止して一向に慧の一分に限る。慧も又堪へざれば信を以て慧に代ふ」(定一二九六頁)、「問て云く、末代初心の行者何物をか制止するや。答て曰く、檀戒等の五度を制止して一向に南無妙法蓮華経と称へしむるを一念信解初随喜の気分と為す也」(同頁)とあるによれば、戒定慧三学のうち戒定の二法を制止して一向唱題するを末代法華経の行者の行相とする。
持戒は問わないという意である。
しかるに『一代聖教大意』に「我等一戒をも受けざるが持戒の者と云はる文。経(宝塔品)に云く是則勇猛是則精進是名持戒行頭陀者文」(定七〇頁)、『守護国家論』に「法華経に云く此経難持(略)是名持戒行頭陀者と。末代に於ては四十余年の持戒なし、唯だ法華経を持つを持戒と為す」(定九五頁)、『十法界明因果鈔』に「安然和尚の(普通授菩薩戒)広釈に云く、法華に云く能説法華是名持戒文。爾前経の如く師に随って戒を持たず、但だ此経を信ずるが即ち持戒也」(定一八三頁)等とあるによれば、戒定の二法を制止して慧の一法に限るというのは、妙法五字の信受に三学を兼ねるという意味でもある。
これを『大学三郎殿御書』(定一〇八三頁)に照らせば「是名持戒」とは戒緩乗急の意である。
なお『守護国家論』の「末代に於ては四十余年の持戒なし」とは、伝教大師と伝えられる『末法灯明記』の「末法の中に持戒の者有らば既に是れ怪異なり、市に虎有るが如し」という末法無戒論によるところであり、法然・親鸞を始め、鎌倉仏教に本書が与えた影響は大きい。
末法無戒を基礎理念とされたとはいえ、聖人の宗教は立正安国を宗旨とする。
ならば法華経精神を広く社会に普及して立正を実現し、もって安国の基盤とすると共に、人間関係を正常に保つための工夫も必要である。
それが報恩であって、これによって交誼が結ばれるとき、安国の要件は更に充実することは目に見えている。
故に聖人は自らもこれを実践し、他をも実践せしめられた。
厭離穢土を宗旨とする法然浄土教が孝養父母・奉事師長を三福九品の一として、雑行として軽視するのと対照的である。
しかも安然の『普通授菩薩戒広釈』が示すところによると、知恩報恩は円戒奉持の根本精神であり、そして聖人は本書を遺文中によく引用されると共に『四恩鈔』には「心地観経・梵網経等には、仏法を学し円頓の戒を受ん人は必ず四恩を報ずべしと見えたり」(定二三九頁)といわれるところによれば、報恩が即ち持戒であるという意味も認識しておられたはずで、妙法受持が持戒であることは本宗の本義ではあるが、妙法受持者が必ず守らねばならぬ徳目の一に報恩があるとされたことになる。
次に妙法受持者が用心すべき重要な徳目の一に謗法がある。
人はそれと気付かないで、無意識のうちに謗法を犯すことがあるから、充分に用心しなければならないとは、遺文に繰返し注意されるところである。
《『遺文辞典』教学篇「本門戒・本門の戒(ほんもんのかい)」の項》