戒
戒
かい
梵語śīla習慣・風習・気質・性格・振舞・道徳等の意がある。
漢訳に音写して尸・尸羅、意訳して習・性・稟性・戒・禁戒・善戒・戒律・威儀等がある(荻原雲来『梵和大辞典』)。
三学の一、六波羅蜜の一にして、消極的には身口の非を防ぎ悪を止める戒め、積極的には諸善発生の根本にして、仏教道徳の総称である。
三蔵中では律蔵に属するから、律(vinaya毘那耶、調伏)と同一視されるが、律とは経蔵に対する総称的な表現であって、戒とは律中の一々の戒めの条目を指す。
小乗戒〈現存の律蔵〉漢訳文献は『大正新修大蔵経』では二二・二三・二四の三巻に収められるが、主要なものは『四分律』六〇巻、『十誦律』六一巻、『摩訶僧祇律』四〇巻、『弥沙塞五分律』三〇巻で、これを四大律と呼ぶ。
これに『根本説一切有部律』一〇部一五七巻を加えて漢訳の五種の「広律」とする。
五部律といわれるものは『西域記』三等によると小乗二〇部の中の五部が伝える律義の意で、右の五種の中の四大律と、飲光(迦葉維)部の律を指すことになるが、飲光部の律は『解脱戒経』が伝えられるのみであるから、戒本は伝えられたが、広律は未伝である。
さて、中国初伝の広律は『十誦律』、印度の薩婆多部(説一切有部)に属する律義で、弗若多羅が暗記していたものを羅什と共に弘始六年(四〇四)から訳出して三分の二を終え、弗若多羅の死後は曇摩流支(四〇五年来支)と羅什とで訳して五八巻とした。
これを卑摩羅叉(四〇六年来支)が校訂再編して六一巻とした。
『四分律』は中国・日本の律宗の正依の典籍であり、比丘戒に二五〇戒、比丘尼戒に三四八戒(通称は五〇〇戒)を数えるのはこの律による。
仏陀耶舎が暗記していたものを竺仏念などが協力して弘始一二年(四一〇)から同一四年までに長安で訳了。
曇無徳部(法蔵部)に属する律と伝えられる。
中国では初め本律は不完全とされていたが、北魏の孝文帝(四七一-四九九)の時代に五台山の法聡がこれを研究して四分律宗の基礎を作り、その系統に道覆・慧光(光統と遺文にあり、四六八-五三七)があり、更に道宣(五九六-六六七)が出て南山宗を、法励(五六九-六三五)が相部宗を、懐素(六三四-七〇七)が東塔宗を起して、共に四分律の研究普及に努めたので、四分律宗が独り栄えるに至り、特に南山宗が隆盛した。
『摩訶僧祇律』は法顕が将来し、仏陀跋陀羅と共に東晋の義煕一一年(四一五)から同一四年までの間に訳した。
摩訶僧祇即ち大衆部に属する律であるが、進歩的思想を有する部であるにかかわらず、本律の内容は律儀が極めて厳格である。
『五分律』は弥沙塞部(化地部)の律で、法顕が将来し、化地部の僧仏陀什が梵本を持ち竺道生・慧厳の二人が協力して宋景平元年(四二三)から翌年までの一年間で訳了した。
『根本説一切有部律』は『大正新修大蔵経』で一八部一九四巻あるが、広律に相当する部分はその中の一〇部一五七巻で、他は戒本・羯磨・摂頌などである。
義浄が将来し、久視元年(七〇〇)までに訳したが、これが整理されたのは義浄の死(七一三)後である。
これは『十誦律』系統の増広された新律であるが、義浄によると中印度南海に学んでいた折に大乗教徒が執持していた律であったとされ、印度の大乗教徒も比丘としての律儀は小乗と共通であったことがわかる。
広律とは完全な律蔵の意味で、比丘戒・比丘尼戒の戒条を解説する止持戒(経分別部)と、出家法・布薩法・安居法等の行事に関する制規を解説規定する作持戒(犍度部)とを備えた律蔵のことである。
広律にはなお第三部として附随部があり、広律の内容の要略などを示しているが、五分・僧祇・有部の三律にはない。
『四分律』について見ると、前半の三〇巻は止持戒の解説、第三一巻から五四巻までの二四巻は作持戒を明し、終りの五巻は止持戒の要約や総括的な記憶に便するための各種の類集がある。
広律に対して略律なるものは存在しないが、広律に付属した形で「戒本」と「羯磨」とがあり、また広律を抄略したり、内容を要約したりした「摂頌」などがある。
戒本は広律の止持戒の中から解説部分を除いて、戒条のみを抽出集成したもので、「戒経」とも「波羅提木叉」(prātimokṣa ・pl:pātimokkha 別解脱)ともいわれる。
羯磨は広律の作持戒の部にある諸行事、即ち受具・出家・布薩・結界・安居・自恣・出罪・選任その他の決定・遂行は僧伽の決議によってなされるが、この決議を羯磨という。
今いう羯磨とは右の各行事の場合の決議を抽出、編集したもので、作持戒の中核をなすものである。
『大正新修大蔵経』には戒本に一三部、羯磨に七部が収録されている。
右漢訳の外、南方仏教に伝える巴利律があり『南伝大蔵経』一五巻に収録される。
巴利律は現にセイロンを中心とする東南アジアの上座仏教の比丘僧伽で実行されており、阿育王子マヒンダのセイロン開教以来不変とされている。
チベット訳律蔵は根本説一切有部律のチベット語訳であり、鈴木学術財団版『西蔵大蔵経』の殊爾(カンジユル)(経)部の四一-四五巻、丹爾(タンジユル)(論)部の一二〇-七巻に計三五部がある。
〔律蔵の内容〕便宜上『四分律』によることとする。
前半の止持戒の部での戒の一々の説明は、すべて因縁・結戒・随結・解釈・持犯の順でなされる。
因縁は戒を制する必要が生ずるに至った事件を述べる。
従って戒は必要に応じて仏が随制れさたものであることがわかる。
結戒とは戒条を制定すること、随結とは戒条をより具体的なものとするために新たに字句を追加挿入すること、解釈とは戒条の字句の解釈、持犯とは戒の実際の適用で、具体的に持戒・犯戒および偸蘭遮(未遂罪)の範囲を明瞭にする。
次に戒条としては比丘は二五〇条で、これを具足戒と称する。
四波羅夷法・十三僧残法・二不足・三十尼薩耆波逸提法・九十波逸提法・四波羅提々舎尼法・百衆学法・七滅浄の八種からなる。
四波羅夷は婬戒・盗戒・殺戒・妄語戒の四で、波羅夷(pl:pārājika)とは棄の意で、これを犯せば僧伽を永久に追放される。
また不応悔罪ともいい、極重罪であるから懺悔による贖罪も叶わない。
これ以外は応悔罪である。
十三僧残とは(一)故出精(液)戒、(二)磨触女人戒、(三)与女人麁語戒、(四)款身索供養戒(女人に婬欲の供養を求める)、(五)媒嫁戒(妻帯)、(六)無主作房戒(約九坪以上の房を自作してはならない)、(七)有主作房戒(寄付による大房造立は無難処・無妨処であること)、(八)無根波羅夷法謗他戒(波羅夷罪を犯したと、無根なるに他僧を誹謗すること)、(九)仮根波羅夷謗他戒、(一〇)破僧違諫戒、(一一)助破僧違諫戒、(一二)法家悪行擯謗違諫戒、(一三)悪性拒諫戒で、要は性的悪習や僧伽を分裂に導くような行動に対する戒めである。
僧残(saṃghādiśeṣa・pl:saṃghādisesa)とは僧伽婆尸沙とも音写され、前の四波羅夷を犯せば僧伽に留することができないから僧無残であるが、今は重罪であはあるが、贖罪して僧伽に残ることができるから僧残という。
二不定とは屏処不定と露処不定で、女人と二人だけで他から見えない場所あるいは見える処に坐して、非法の言動をしたことが、信者に発見された場合をいう。
三十尼薩耆波逸提法は財物の不正所得を禁ずる法で、(pl:nissaggiyā pācittiyā)の音写「(不正所得品を)捨して懺悔する法」の意味で、捨堕と訳す。
これを犯したものは、不正所得品を僧伽に棄捨し、その行為について告白懺悔する。
九十波逸提法とは一妄語(前出の妄語以外の妄語)・二悪口・三両舌や三十七非時食・四十索美食・五十一飲酒・六十一奪畜生命等を含む戒条で、堕法または単堕法と訳する。
前の捨堕法は衣類・金銭等の不正入手に関する禁戒で、不正入手の物品を捨してのち贖罪したが、今は捨物がないので単堕という。
罪としては両者同一の懺悔罪すなわち堕(波逸提)罪である。
四波羅提々舎尼法とは村中取罪非親尼食戒・食尼指授食戒・受学家食戒・恐怖蘭若受食戒の四で、食の受け方に関する戒めである。
(pl:pāṭidesanīya)の音写で「懺悔すべき事」の意味、犯罪としては突吉羅罪に当り、対首(法臘一〇年以上の一比丘に)懺悔すればよい。
略して四提食尼法・四悔過法・四可呵法ともいう。
百衆学法とは比丘の日常の衣食・動作の威儀に関する注意事項で、故作犯は応懺突吉羅(pl:dukkaṭa悪作・悪説の意、罪名)とて一比丘の前にて懺悔し、不故作犯は責心悔突吉羅とて自責すればよい。
七滅諍法は諍論の解決法七種を数えるもので、それ自身犯罪ではない。
律義では犯戒の罪を五篇(ひん)七聚(じゆう)に分類する。
五篇とは(一)波羅夷罪、(二)僧残罪、(三)波逸提罪、(四)提舎尼罪、(五)突吉羅罪である。
七聚とは五篇の外に偸蘭遮罪(波羅夷罪・僧残罪の未遂等)を加え、突吉羅を身に関する悪作と口に関する悪説とに分けたものである。
次に比丘尼の三四八戒とは、これを比丘の二五〇戒と対比すれば、*(図)
(比丘尼戒)(比丘戒)(五篇)
一波羅夷8―――一波羅夷4―――波羅夷
二僧残17―――二僧残13―――僧残
三不定2――――突吉羅――┐
三捨堕30―――四捨堕30―――堕――┐ │
四単堕178――五単堕90―――堕――┘ │
五提舎尼8―――六提舎尼4―――提舎尼 │
六衆多学100― 七衆多学 100― 突吉羅―┤
七滅諍7―――― 八滅諍7 ――― 突吉羅――┘
次に後半の作持戒の部は(一)受戒、(二)説戒、(三)安居、(四)自恣、(五)皮革、(六)衣、(七)薬、(八)迦絺那衣、(九)拘腅弥、(一〇)瞻波、(一一)呵責、(一二)人、(一三)覆蔵、(一四)遮、(一五)破僧、(一六)滅諍、(一七)比丘尼、(一八)法、(一九)房舎、(二〇)雑、(二一)集法毘尼五百人、(二二)七百集法毘尼の二二犍度(章)から成る。
しかし終りの二章は仏滅第一年の第一結集と仏滅百余年の第二結集との経過記録であるから、これを除いた二〇章が僧伽の行事・制度・義務などに関する約束である。
一の受戒犍によると、受戒は現前僧伽で最低「三師七証」の十比丘が揃えば受戒が成立するが、辺地と指定された地方では五比丘でよい。
三師とは和尚(または和上)・教授師・羯磨師で、七証とは受戒成立の証明師である。
多比丘の現前僧伽での受戒では、証明師の数は増加することもある。
受戒志願者はまず和尚を求めて志を述べ、和尚を通じて僧伽に乞請する。
これに対する全員の賛否は白四羯磨による。
白は議案で「某比丘を和尚として某甲に受具を与える」と議案を提出する。
続いてこの白を読み上げて賛否を問うのが羯磨で、三度賛否を問う。
沈黙ならば賛成、異議あれば発言する。
全員賛成のときのみ議案は成立する。
和尚は新発意の衣鉢を整え、僧伽に受具を求め、受戒後は弟子として五年ないし一〇年教育する責任を有する。
教授師は受戒の羯磨の行われる直前から終るまで、受者に衣の着方、受戒の際の審問に対する答え方などを教授し、また受者に比丘となれない身体上の欠点や病気の有無を検する役目を有する。
羯磨師は受戒の議長であり、白を述べ羯磨説をなし、司会者の役目も有する。
出家の資格としては、原則として二〇歳以上の男子は比丘となることができる。
ただし受戒の際に教授師から十三難十遮を問われ、これに抵触すれば比丘となれない。
十遮とは(一)汝の字、(二)和尚の字、(三)満二〇、(四)衣鉢の具足、(五)父母の聴し、(六)負債人、(七)奴(雇主の許可のない奴)、(八)宮人(現役中の官吏・軍人)、(九)丈夫、(一〇)六種病(癩・癰・疸・白癩・乾屑・癩狂)。
十三難とは(一)狂辺罪(波羅夷罪を犯したもの)、(二)犯比丘尼、(三)賊心入道(受戒を得ずして比丘の中に紛れ込んで生活した前歴あるもの)、(四)壊二道(外道を捨ないで比丘となった前歴のあるもの)、(五)黄門、(六)殺父、(七)殺母、(八)殺阿羅漢、(九)破僧伽、(一〇)悪心出仏身血、(一一)非人、(一二)畜生、(一三)有二形である。
受戒した者は六の衣、七の薬、十九の房舎の各犍度によると、出家の原則としての四依法を説き聞かされる。
一に衣は糞掃衣の三衣。
二に食は乞食によること、その時の鉢は瓦鉢(焼物)か鉄鉢で、容量に大・中・小あり、大体五升近く入る。
三に住は樹下坐によることを原則とするが、精舎が寄進されてからは、その中の房舎に坐臥してもよいことになった。
四に薬は腐爛薬に依ること、腐爛薬とは牛の尿を発酵させたものである。
僧伽の構成員は比丘・比丘尼であるが、なお沙弥・沙弥尼も僧伽の中で出家として生活する。
比丘・比丘尼見習いである。
二〇歳未満の者は師比丘を求めて、師に依付して僧伽内に住する。
師比丘を阿闍梨と称し、法臘一〇年以上の比丘で、一応三人を限度として沙弥を蓄える。
年齢は一般に一五歳であるが『四分律』では一二歳。
師比丘は弟子とする沙弥に三帰三唱によって三宝に帰依せしめ、十戒を授与する。
沙弥十戒とは(一)不殺生、(二)不偸盗、(三)不邪婬、(四)不妄語、(五)不飲酒、(六)不著香鬘、不香塗身、(七)不歌舞倡伎、不往視聴、(八)不坐高広大床、(九)不非時食、(一〇)不捉持生像金銀宝物である。
中の前五項は在家信者にも通じ、(八)までは在家信者も布薩日(精進日)に行ずるところであるから、沙弥に特有な戒は(九)と(一〇)である。
十戒には罰則はないが、不行状の沙弥は、師比丘から擯出される。
沙弥の女性が沙弥尼である。
沙弥尼は通常一八歳から二〇歳までの二年間を式叉摩那(学女)として比丘尼となる予備修行をし、その間右の十戒を持つと共に六法を学する。
六法とは波逸提第一二三戒によれば摩触戒・盗五銭戒・断畜生命戒・小妄語戒・非時食戒・飲酒戒である。
在家信者は僧伽の外にあって仏道に精進し、僧伽を外護する。
男性を優婆塞、女性を優婆夷と称する。
信男・信女または近侍男・近侍女ともいう。
各律蔵に共通して、授戒の比丘を求めて三帰三唱と五戒の授与を受けて入信し、信男信女となる。
五戒とは(一)不殺生戒、(二)不偸盗戒、(三)不邪婬戒、(四)不妄語戒、(五)不飲酒戒である。
これは戒で禁律でないから、犯しても破門とはならない。
不殺生は徒らに生きものを殺さぬこと、不邪婬は他妻を犯す如き正常な夫婦生活に外れた婬をなさないこと、不飲酒は酔いしれて正常を失う如きをなさぬことである。
また信男・信女は四不壊浄を持たねばならぬ。
即ち仏と法と僧伽と僧伽への施の四つに不退の信を持つことである。
仏道精進のためには一ヵ月の間に八日・一四日・一五日・二三日・二九日・三〇日の六日間は特に在家人として可能な限り、出家に近い生活をなすことも要求される。
これを在家人の布薩といい、月六日であるから六斎日ともいう。
この日は八戒を持つので八斎戒ともいう。
八斎戒とは前の沙弥十戒の中の前八に当る。
以上『四分律』所説の戒の外に十善戒があり、特に日本では『心地観経』の四恩説と共に仏教道徳の根本として尊重されており、十善の果報によって人天に受生し、人界に生れては天子の位を得るとは国文学の作品にもしばしば説かれるところである。
その出典は大小乗の経論にわたるから、必ずしも小乗の戒律ではなく、大小乗に一貫する世間戒である。
内容は次の如く身三・口四・意三の十悪業を離れよというもので、天台大師の『法界次第初門』はこの止悪について行善面にも関説している。*(図)
(止悪) (天台)
一不殺生 放生 ―――――┐
二不偸盗 布施 │身三業
三不邪婬 恭敬(梵 行)―┘
四不妄語 実語――――――┐
五不綺語 有義語・饒益語 │口四業
六不悪口 軟語 │
七不両舌 和合――――――┘
八不貪欲 不浄観―――――┐
九不瞋恚 慈悲(慈悲観) │意三業
十不邪見 智慧( 因 縁 観)┘
出典は小乗では『正法念処経』、『中阿含経』三(伽弥尼経)、『成実論』九、大乗では新訳『華厳経』三五、『大集経』五〇、『十善業道経』、『受十善戒経』、『優婆塞戒経』、『菩提資糧論』一、『十住毘婆沙論』一四等である。
大乗戒〈小乗戒から大乗戒へ〉仏陀は戒律を重んじたが、それは実際的であり、ある程度の融通性さえ備えていたことは、律蔵に特例法(開)があることによっても十分に伺える。
しかし仏滅後は、仏陀の訓戒をすべてそのまま奉持しようとしたことは、弟子の立場として自然の成行きであり、特に仏滅後の教団の統領は戒律厳守主義の大迦葉等の長老であったこと、教団が社会的地位と勢力を次第に占めるようになれば、出家する者も増加したが、中には純真の求道精神からではなく、生活の容易のため、王難賊難を免れるため、仏法を盗むために入団した外道すらあったと伝えられ、かかる教団を統率して円滑に修道生活を維持するためには、単なる抽象的・道徳的訓言では到底その目的を達することはできず、勢い厳格な日常生活の規範罰則をもって望まねばならぬことになるが、しかも人情の常として、いかに厳格な規則も口実のある限りこれを免れようとするから、一切の口実や自由解釈を拒否して条文絶対主義を守ることになり、形式的な律法主義を生ぜしめた。
大乗戒はかかる形式的禁律偏重主義に反対して興った精神主義・行善主義であるが、実は詮索すれば、小乗戒自身の中に既に融通的大乗精神を包懐しているのである。
第一にその戒条は必ずしも絶対的ではない。
例えば三衣の制は仏が毘舎離において夜を過ごしたとき、寒さを感じたところから生れたというが、もし寒国での経験があったならば、仏は更に多くの衣を許されたに違いない。
第二に随方毘尼(『五分律』二一)とて、仏の精神からいえば、実際上に適合しないときは毘尼(律)を変更してもよいことになる。
第三に律蔵自身の中に、仏は入滅に際して阿難に「我が滅後に僧衆が希望するなら、小戒は之を廃するも可なり」と説かれたと伝えている(第一結集)。
『長阿含遊行経』もこの事を伝えるが、阿難のこの発表に対して異論が出、大迦葉の発議によって、仏の制は大小に拘らず守り、また制せられなかった事は今後制せずと決議されたという。
これらの中に大乗戒発生の余地が見られる。
〔大乗戒の成立〕小乗戒に対する大乗戒の起源としては、普通は『華厳経』に後世の三聚浄戒の原形があるとされる(『伝律図源解集』上)。
即ち十地品の中の第二離垢地に、この地に住する菩薩は十善を行じて(摂善法戒)、十悪を離れ(摂律儀戒)、更に一切衆生に対して利益心・安楽心・慈悲心等を発し、一切衆生を悪道より救おうと決意せよ(摂衆生戒)、この三種こそ菩薩の持戒であると説く。
しかしここではまだこれを三聚浄戒とは命名せず、また大乗戒として特別な戒条も立てず、小乗戒に対する大乗戒の対立意識も存在しない。
しかるに『大乗涅槃経』になると「戒に復二有り、一には声聞戒、二には菩薩戒なり(乃至)若し声聞戒を受持する者は当に知るべし、是の人仏性及び如来を見ず、若し菩薩戒を受持する者は当に知るべし、是の人阿耨○菩提を得、能く仏性如来涅槃を見る」(巻二八)と声聞戒に対する菩薩戒の名を立てるが、菩薩戒としての特殊な戒条は多少はあるとしても、小乗戒が二百五十戒としての組織を有する如くに、大乗戒が組織されたわけではない。
大乗戒の特有の戒条を組織したのは『梵網経』で、十重四十八軽戒を立てる。
しかし三聚浄戒の形式をもって大乗戒を説かない。
『瓔珞経』下はこの点を補整して、三聚浄戒の中の摂律儀戒の中に十重戒を取入れた。
瓔珞の説に反対するのが瑜伽派で、『瑜伽論』四〇では三聚浄戒の中の律儀戒には十重四十八軽戒ではなく、小乗二百五十戒を取入れて瑜伽戒とした。
つまり大小兼行戒であって、『地持経』もこの部類である。
〔大乗戒の戒条〕小乗戒に対する大乗戒の特徴は、戒の根本を外的規範(事戒・立相戒)よりも内的信念(心・理戒・不立相戒)に置き、また止悪と共に行善、自利と共に利他を戒に含める。
その極点は禅戒一致・念戒一致・是名持戒となる。
さて諸経所説の戒条を列挙すれば、次の如し。
十善戒=大乗経典中に常に説かれる戒は、原始仏教以来通説される五戒十善である。
特に十善は『小品般若』『大品般若』『華厳経』十地品、『六波羅蜜経』『維摩経』『大集経』七、『大日経』『涅槃経』『仁王経』などに菩薩の戒として説かれる。
『華厳経』の菩薩十種戒=(一)不捨菩提心戒、(二)遠離二乗地戒、(三)観察利益一切衆生戒、(四)令一切衆生住仏法戒、(五)修一切菩薩所学戒、(六)於一切法不可得戒、(七)以一切善根廻向菩提心戒、(八)不著一切如来身戒、(九)思惟一切法離取著戒、(十)諸根律儀戒。
八十『華厳経』の離世間品に説く。
『涅槃経』の五種戒・事理二戒・軽重二種戒・十種戒。
五種戒とは(一)菩薩根本業清浄戒(五戒)、(二)前後眷属余清浄戒(八斎戒・十戒・具足戒等、以上二戒は摂律儀戒)、(三)非諸悪覚覚清浄戒(定共戒)、(四)護持正法念清浄戒(道共戒、以上二戒は摂善法戒)、(五)廻向阿耨○菩提戒(摂衆生戒)。
事理二戒とは(一)受世教戒(事)、(二)得正法戒(理)。
軽重二種戒とは(一)性重戒(五戒の前四)、(二)息世機嫌戒(飲酒等の諸戒)。
十種戒とは(一)護持禁戒、(二)清浄戒、(三)善法戒、(四)不欠戒、(五)不折戒、(六)大乗戒、(七)不退戒、(八)随順戒、(九)畢竟戒、(一〇)具足成就波羅蜜戒にして聖行品に説かれ、『法華玄義』三下行妙下に相互の関係等が論ぜられる。
『大智度論』の二種戒・三種戒・十種戒。
二種戒とは有漏戒・無漏戒。
三種戒とは律儀戒・定共戒・道共戒、前二は有漏戒にして、後一は無漏戒。
律儀戒とは律蔵に制定された戒、定共戒とはまた静慮戒とも称し、禅定に入れば自ずから身語の過非を離れる所を戒と称する。
道共戒とは聖者が無漏定に背理、無漏智と共に自ずから身中に発得する防非止悪の戒体をいう。
十種戒とは(一)清浄戒(戒無諸瑕隙)、(二)不欠戒、(三)不破戒(四重以外諸余重大犯戒為欠、軽小犯戒為破、また身罪為欠、口罪為破)、(四)不穿戒(善心廻向涅槃、不令悪覚得入)、(五)不襍(しゆう)戒(随順諦理能破見惑)、(六)自在戒(不随外縁不為愛結所拘)、(七)不著戒(知戒実相不愛着禁戒)、(八)智所讃戒(四聖所讃)、(九)随定戒、(一〇)具足戒(中道戒具足一切戒)。
以上は巻二二の「釈八念義」の所説にして『摩訶止観』四上の第六方便章の「持戒清浄」の項に解説あり。
『梵網経』の十重四十八軽戒。
十重禁戒とは(一)不殺生戒、(二)不偸盗戒、(三)不邪婬戒、(四)不妄語戒、(五)不酤酒戒、(六)不説四衆過罪戒、(七)不自讃毀他戒、(八)不慳貪戒、(九)不瞋恚戒、(一〇)不謗三宝戒。
このうち初四は小乗戒の四波羅夷と同じ。
ただし大乗戒は積極的に利他的解釈を施し、特殊の場合は利他のための形式的破戒を許すことがある。
第五不酤酒戒は酒を造り、売ることを禁じて、飲酒の根本原因を断とうとするもので、飲酒は四十八軽戒の中にある。
第七戒以下の四戒は『瑜伽論』の四波羅夷と同じであり、第六不説四衆過罪戒は第七不自讃毀他戒に摂し得る。
故に十重禁戒は五戒と瑜伽戒の四波羅夷を集めたものと同じである。
次に四十八軽戒とは(1)不敬師友戒、(2)飲酒戒、(3)食肉戒、(4)食五辛戒、(5)不教悔罪戒(犯戒の者を挙罪し、また懺悔せしめずして同住する勿れ)、(6)不供給請法戒(供給せずして法を請う勿れ)、(7)懈怠不聴法戒、(8)背大向小戒、(9)不看病戒、(10)畜殺衆生具戒、(11)国使戒(国の間に使者となり相鬪わしむ勿れ)、(12)販売戒(奴婢六畜を販売する勿れ)、(13)謗毀戒(事実無根なるに人を謗る勿れ)、(14)放火焼戒、(15)僻教戒(小乗の法を以て教える勿れ)、(16)為利倒説戒、(17)恃勢乞求戒(権勢をたのみ利を求むる勿れ)、(18)無解作師戒、(19)両舌戒、(20)不行放救戒(放生をなし、死者の冥福を祈るを怠る勿れ)、(21)瞋打執仇戒(瞋を以て瞋に報じ、打を以て打に報ずる勿れ、仇討に執する勿れ、慈を以て怨に報いよ)、(22)憍慢不請法戒、(23)憍慢僻説戒、(24)不習学仏戒、(25)不善和衆戒(慈心衆を和らげ三宝物を守れ)、(26)独受利養戒、(27)受別請戒、(28)別請僧戒、(29)邪命自活戒、(30)不敬好時戒(六齋日・年三長斎月を軽んずる勿れ)、(31)不行救贖戒(盗賊に仏菩薩の形像・経律・比丘比丘尼が売られ、官使の為に奴婢とされていたらば、方便救護して贖え)、(32)損生衆生戒、(33)邪業覚観戒(いたずらに歌舞・博戯等の邪業を見聞したり行じたりするな)、(34)暫念小乗戒、(35)不発願戒(父母師僧三宝等に孝順ならんと発願せよ)、(36)不発誓戒(十三大願を誓え)、(37)冒難游行戒(難処に親近するな)、(38)乖尊卑次序戒(階級を問わず、受戒の次第に従って坐せよ)、(39)不修福慧戒、(40)捒択受戒(婬男婬女・無根二根・黄門奴婢を捒択せず、受戒を請わば授けよ、七逆を除く、法師は国王・父母・六親・鬼神をも礼せざれ)、(41)為利作師戒、(42)為悪人説戒、(43)無慚受施戒(毀戒して慚愧なくば信施を受くるを得ず、国王の大地・水を使用するを得ず)、(44)不供養経典戒、(45)不化衆生戒、(46)説法不如法戒、(47)非法制限戒(国王大臣が仏法に非法の制を設くる時これを止めよ)、(48)破法戒(自ら破戒して仏法を破る勿れ)。
『瓔珞経』の「十無尽戒」はこの十重に同じ。
四十八軽戒は内容形式において小乗戒に似た処が相当にあるが、全体としては利他的なものが多い。
第三の食肉戒は小乗戒になく、第八の背大向小戒、第二四の不習学仏戒等は梵網戒がいかに小乗戒に対立したものであるかを示す。
『瑜伽論』の四重四十四違犯。
本論には律儀戒・摂善法戒・饒益有情戒の三聚浄戒を説き、律儀戒に七衆別解脱戒つまり小乗戒をあてることは先述したが、また三聚渾一の律儀として四重四十四違犯を説く。
四重とは(一)貪求利敬讃毀戒、(二)性慳財法不施戒、(三)長養忿纏不捨戒、(四)愛楽像似正法戒で梵網戒十重の後の四重と同じ。
四十四違犯は軽戒に相当する。
数え方により四二、四三、四五とする事もある。
『大日経』の三昧耶戒。
菩提心戒ともいわれ、下化衆生の菩提心を発することを戒とする。
この精神に住して五戒・十善乃至小乗戒をも受持せよと説く(方便学処品)が、独得の戒相として四重禁を説く。
(一)不応捨正法戒、(二)不応捨離菩提心戒、(三)不慳悋一切法戒、(四)不作不饒益行戒であり(具縁品)、『無畏三蔵禅要』には之を開して十重禁とす。
不捨仏戒・不捨法戒・不捨僧戒(以上一)・不捨離菩提心戒(二)・不謗一切三乗経法戒・不慳悋一切法戒(三)・不得邪見戒・於発大心観察戒・観察機根引導戒・常行布施戒(四)である。
かく小乗戒に対する大乗戒は存在したが、印度・中国における仏教界の持戒の実状は、実際においてはまだ小乗戒を脱却せず、瑜伽戒が小乗戒を律儀とする如く、大乗教徒も日常生活の規範としては小乗戒を範とし、小乗戒を受けて比丘と成っていた。
この制度を踏襲して日本においても奈良時代までは専ら小乗戒を授受して比丘たるの資格を与えていたが、平安時代初期伝教大師が出て純大乗戒を叡山に別立して始めて、大乗戒の授受による比丘僧が公認されることになった。
〔戒の四別〕大小乗の戒を通じて、戒に四別ありとす。
道宣の『四分律行事鈔』巻中一の「随戒釈相篇第一四」によると「戒は是れ生死の舟航、出家の宗要なり(略)略して四別を分つ。
一には戒法、此れ即ち出離に体通するの道なり。
二には戒体、即ち謂はく衆行を出生するの本なり。
三には戒行、謂はく方便修成して本受体に順ずるなり。
四には戒相、即ち此等に明す所にして且く篇聚に通ずるなり」という。
即ち戒法とは仏法に三学の道ある中の戒による仏道を指す。
しかして「成実に云ふが如し、戒は賊を捉ふるが如く、定は賊を縛るが如く、慧は賊を殺すが如し、三行次第して賢聖之を行ず」と。
戒体とは諸の戒行を出生する根本であり、受戒の当初に受者はこれを発得し、これに基づいて諸戒を持つ。
戒行とは戒体の功徳に順応して制法を守り、戒体を修成する行をいう。
戒相とは五篇七聚の戒條の相状をいう。
《平川彰『律蔵の研究』、佐藤密雄『律蔵』、上田天瑞『戒律の思想と歴史』、『国一』律部解題、『遺文辞典』教学篇「戒」の項、『広説仏教語大辞典』『新版仏教学辞典』「戒」の項、『岩波仏教辞典』「戒律」「三学」の項》
(浅井円道)