八不
八不
はっぷ
『中論』の冒頭(観因縁品第一)の帰敬序に「不生亦不滅、不断亦不常、不一亦不異、不来亦不去なり。
能く是の因縁を説き、善く諸の戯論を滅す、我れ稽首し礼す、仏の諸説中の第一と」と説き、吉蔵の『中観論疏』第一に、これを解釈して「即ち是れ二智中道を弁ず。
仏智は能く八不中道を説き、諸の戯論を滅するを以てなり」という。
即ち生・滅、断・常、一・異、去・来という八種の対立概念を否定したものを八不と称し、これによって縁起・中道の説を示すものとする。
この八不を代表として、総じて一切法の不可得・空なることを表すのである。
これは空の否定が、縁起の理によって対立概念あるいは相対的概念の否定という構造を有し、それゆえにこれは中道と称されるものとあることを示すと見られる。
八不は一切諸法の否定を代表するものであるから、それは生滅の否定のみによって代表させることもでき、更に生の否定のみによって代表させることもできる。
『中観論疏』(第一)には生滅の否定を代表として、俗謗中道・真謗中道及び二謗合明中道の三種を区別している。
世謗中道とは不生不滅の真理を動せずして生滅の諸法を建立すること。
真謗中道とは生滅の仮名を壊せずして不生不滅の実相を説くこと。
二謗合明の中道とは生滅にも非ず、不生不滅にも非ず、言亡慮絶し四苦百非を絶して畢竟空なることをいう。
《『遺文辞典』教学篇「八不中道」の項、『岩波仏教辞典』「八不中道」の項》