中論
中論
ちゅうろん
龍樹(Nāgārjuna一五〇-二五〇年頃)著。
また『中観論』ともいう。
大乗仏教最初の学者で、八宗の祖師と仰がれる龍樹には多数の著作があるが、本書は、彼の主著でもっとも重要なものである。
約四五〇の偈頌から成り、二七章に分れるが、龍樹の作は偈頌のみであって、これに対して後人が著した註釈が数種存する。
中国・日本では鳩摩羅什が四〇九年に漢訳した、青目(ピンガラPiṅgala四世紀頃?)の註釈がもっぱら読まれて来た。
月称(チャンドラキールティCndrakīrti六〇〇-六五〇頃)の註釈は現存する唯一のサンスクリット文『中論』である。
他に漢訳・チベット訳に五種の註釈が現存している。
本書の冒頭の帰敬序の偈には「不生・不滅、不断・不常、不一・不異、不来・不去であって、諸の戯論を滅した縁起を説かれた仏を諸説法者中の第一として敬礼す」(取意)とあるが、これはその思想的立場を要約して示したものと見られる。
即ち本書によれば一切諸法は、縁起によって相互に関係し合い、相対的関係において成立しているから、固定的実体性(自性)がないものであって、従って無自性なる故に空であるということから論証されているのであるが、この諸法における相対的関係を概念化して示すと、生・滅、断・常、一・異、去・来という対立概念として表現されるが、それらには自性がないゆえに不生・不滅、不断・不常、不一・不異、不来・不去というように否定的に示されるのであって、これが縁起の思想的内容に外ならない。
このように対立概念の双方をともに否定することは対立するものの一方に執着しないことであるから、これを中道という。
『中論』という書名はこの中道に由来する。
本書の第二四章・観四諦品に、「諸の因縁より生ずる法(縁起の法)は、我れは即ち是れ空なりと説く。また是れを仮(仮名)なりと為す。また是れ中道義なり」(いわゆる三諦偈)とあるが、この偈もまた『中論』の思想を要約して示したものと見られる。
即ち縁起は空であり、仮名(自性のないこと)であり、中道であるというのである。
インドにおいては、龍樹の学系は『中論』を中心にして研究が行われたので、これを中観派と称する。
中国においては『中論』と『十二門論』(龍樹著)と『百論』(提婆著)の三種の論が中心とされて講究されたので、この学系を三論宗と称する。
また天台宗の智顗は、上述の三諦偈によって空諦・仮諦・中諦という三諦の学説を組織した。
《『遺文辞典』歴史篇「中論」の項、『大蔵経全解説大事典』「一五六四・中論」の項、『岩波仏教辞典』『仏書解説大辞典』「中論」の項》