法蔵
法蔵
ほうぞう
(六四三-七一二)
賢首大師、香象大師、康蔵法師と称せられる。
中国華厳宗の第三祖。
杜順(初祖)の弟子智儼(第二祖)に師事し華厳教学を大成した。
事実上の開祖ともいわれる。
法蔵は字は賢首、姓は康といい、祖先は康居(サマルカンド)の人であった。
法蔵は唐の長安で生れた。
雲華寺において智儼が『華厳経』を講ずるのを聴き、在俗のままその玄旨を究めた。
則天武后は太原寺を建てて法蔵を住せしめた。
法蔵はこの時二八歳で、初めて剃髪して沙門となった。
勅により太原寺において『華厳経』を講じ、則天武后は深くこれに感じて賢首大師の号を賜った。
実叉難陀の新華厳経の翻訳に参加し、筆受の任に当った。
新(八○巻本)・旧(六〇巻本)両華厳経を講ずること三〇余遍という。
その他、玄奘・義浄の訳場にも列した。
著書に『華厳経探玄記』二〇巻を始め『華厳経五教章』『華厳経旨帰』『遊心法界記』『起信論義記』『梵網経疏』『華厳経伝記』など六〇余部がある。
伝教大師は法蔵の『五教章』『起信論義記』等を読んで天台大師の章疏が世にあることを知って、写得して勉学し、遂に天台宗を開いた。
日蓮聖人は法蔵が華厳宗に天台の一念三千を盗み取ったとされるが、その証拠は伝教大師の『依憑集』にくわしい。
《「唐大薦福寺故寺主翻経大徳法蔵和尚伝」「宋高僧伝」『正蔵』五〇巻、坂本幸男『華厳教学の研究』、鎌田茂雄『中国華厳思想史の研究』、『遺文辞典』歴史篇「法蔵」の項(二)、『岩波仏教辞典』「法蔵」の項》