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法蔵

ほうぞう #3906

法蔵

ほうぞう

(六四三-七一二)
賢首大師、香象大師、康蔵法師と称せられる。 中華厳宗の第三祖。
杜順(初祖)の弟子智儼(第二祖)に師し華厳学を大成した。 実上の開祖ともいわれる。
法蔵は字は賢首、姓は康といい、祖先は康居(サマルカンド)の人であった。 法蔵は唐の長安で生れた。
雲華寺において智儼が『華厳経』をずるのを聴き、在俗のままその玄旨を究めた。
武后は太原寺を建てて法蔵を住せしめた。 法蔵はこの時二八歳で、初めて剃髪して沙門となった。
勅により太原寺において『華厳経』を講じ、則天武后は深くこれに感じて賢首大師の号を賜った。
実叉難陀の新華厳経の翻訳に参加し、筆受の任に当った。 新(八○巻本)・旧(六〇巻本)両華厳経ずること三〇余遍という。 その他、玄奘・義浄の訳場にも列した。
著書に『華厳経探玄記』二〇巻を始め『華厳経五教章』『華厳経旨帰』『遊心法界記』『起信論義記』『梵網経疏』『華厳経伝記』など六〇余部がある。
伝教大師は法蔵の『五教章』『起信論義記』等を読んで天台大師の章疏が世にあることを知って、写得して勉学し、遂に天台宗を開いた。
日蓮聖人法蔵華厳宗に天台の一念三千を盗み取ったとされるが、その証拠は伝教大師の『依憑集』にくわしい。
《「唐大薦福寺故寺主翻経大徳法蔵和尚伝」「宋高僧伝」『正蔵』五〇巻、坂本幸男『華厳教学の研究』、鎌田茂雄『中国華厳思想史の研究』、『遺文辞典』歴史篇「法蔵」の項(二)、『岩波仏教辞典』「法蔵」の項》

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