六波羅蜜経
六波羅蜜経
ろくはらみつきょう
「ろくはらみっきょう」「ろっぱらみつきょう」「ろっぱらみっきょう」とも読む。
詳しくは『大乗理趣六波羅蜜多経』と称し『理趣六波羅蜜多経』、『理趣六度経』とも略称する。
唐の罽賓国般若三蔵訳。
一〇巻。
唐貞元四年(七八八)訳出。
『正蔵』八巻所収。
帰依三宝品・陀羅尼護持国界品・発菩提心品・不退転品・布施波羅蜜多品・浄戒波羅蜜多品・安忍波羅蜜多品・精進波羅蜜多品・静慮波羅蜜多品・般若波羅蜜多品の一〇品よりなる。
弘法大師空海は本経を依文として真言を醍醐味とする。
日蓮聖人は「釈迦は大日の化身、唵字を教え被(ら)れてこそ仏には成りたれ」とする真言宗の主張は『六波羅蜜経』によるとし、「彼経一部十巻は是釈迦の説也。大日の説には非ず。是未顕真実の権教」(『真言天台勝劣事』定四八一頁)であるゆえに、虚妄の説であるとする。
『曽谷入道殿許御書』には「本経は唐の末、不空三蔵が月氏より渡したもので、後漢より唐の始に至るまでこの経はなかった。南三北七の碩徳は見ることもなく、三論・天台・法相・華厳の人師がこの経の醍醐を盗んだとするのは誤りである」(定九〇六頁取意)と述べ、非に非を重ねる空海の僻見を指摘している(『撰時抄』に「六波羅蜜経は唐の半に般若三蔵此をわたす」〈定一〇三七頁〉とあるように『曽谷入道殿許御書』の「不空」は誤記)。
『開目抄』には「六波羅蜜経は、有情の成仏を説いて無性の成仏がなく、久遠実成を明かすこともない。涅槃経の五味にも及ばないゆえに、まして法華経の迹門・本門に対することはできない。 これを日本の弘法大師は経文にまどひて法華経を第四の熟蘇味に入れた」(定五八八頁取意)として批判している。
《『遺文辞典』歴史篇「六波羅蜜経(ろっぱらみつきょう)」の項、『大蔵経全解説大事典』「〇二六一・大乗理趣六波羅蜜多経」の項、『仏書解説大辞典』「大乗理趣六波羅蜜多経」の項、『岩波仏教辞典』「六波羅蜜経」の項》