南三北七
南三北七
なんさんほくしち
中国の隋代以前に行われた江南三家、江北七家の教相判釈をいう。
『法華玄義』一〇上に「二に異解を出さば即ち十意と為す。所謂南三北七なり」として詳細にこれを論じている。
(1)虎丘山の岌師。
頓・漸・不定と三種に分ち、更に漸を三とする。
即ち成道後一二年間を有相教、一二年以後、法華に至り、見空得道を明すのを無相教、最後雙林に一切衆生悉有仏性闡提成仏を明すのを常住教と名づける。
(2)宗愛法師。
頓と不定とは前に同じであるが、漸について更に四時教を判ずる。
即ち荘厳寺僧旻と同じで、三時は前と同じく、更に無相教の後、常住教の前に、法華の会三帰一万善悉く菩提に向うのを指して同帰教と名づける。
(3)定林寺の僧柔・慧次二師及び道場寺の慧観法師は、頓と不定は前に同じ、更に漸を判じて五時教とする。
即ち開善寺智蔵、光宅寺法雲の用いる所である。
四時は前と同じ、更に無相教の後、同帰教の前に、浄名経や思益梵天所問経など方等経を指して褒貶抑揚教とする。
(4)北地の人(恐らく晋武都山隠士劉虬)。
五時教を主張し、しかも提謂波利経を人天教とし、浄名・般若経を合して無相教とする。
その他の三は南方と異ならない。
(5)菩提流支。
半満教を明かす。
一二年の前はみな半字教、一二年の後はみな満字教とする。
(6)仏駄三蔵の学士光統律師慧光。
四宗の判教、一に因縁宗は毘曇の六因四縁を指し、二に假名宗は成論の三假を指し、三に誑相宗は大品・三論を指し、四に常宗は涅槃・華厳等の常住仏性本有湛然を指す。
(7)有師。
五宗教、四義は前に同じであるが、更に華厳を指して法界宗とする。
即ち護身自軌大乗が用いる所である。
(8)有人。
六宗。
光統律師は四宗をいうが収め切れていないとし、法華の万善同帰諸仏法久後要当説真実を指して真宗と名づけ、大集経の染浄倶融法界円普を円宗と名づける。
即ち陳鐘山耆闍寺凛師安廩が用いる所である。
(9)北地の禅師。
二種の大乗教を明かす。
一に有相大乗、二に無相大乗。
有相とは華厳・瓔珞・大品等の如き階級十地の功徳行相を説くもの、無相とは楞伽・思益に真法には詮次なく、一切衆生即ち涅槃の相なりという如きものを指す。
(10)北地の禅師。
四宗五宗六宗二相半満を否定し、但だ一仏乗にして二もなく亦三もなく、諸仏は一音に説法しているが衆生は之を三と見る。
一音教であると主張する。
前の三を江南の三家、後の北地師以下の七を江北の七家とする。
日蓮聖人は自身に三類強敵が敵対したことには及ばないが、天台大師には南三北七あり、伝教大師には南都六宗があって、敵対する中で法華経を弘めたことをもって、天台・伝教を法華経の行者の先蹤と見られた。
《『遺文辞典』歴史篇「南三北七」の項、『天台学辞典』『広説仏教語大辞典』『岩波仏教辞典』「南三北七」の項》