般若経
般若経
はんにゃぎょう
詳しくは『般若波羅蜜多経』『般若波羅蜜経』という。
しかしそれは固有の経典名ではなく、般若経類の総称的な名前である。
般若は智慧の意味であり、波羅蜜(多)は普通、彼岸に度(わた)ること、度った状態と解釈されているが、他の解釈では完成、完全、究極のところを意味するという。
従って智慧の彼岸に度る、あるいは度った状態を説く経典、智慧の完成を説く経典等の意味である。
般若経類の経典は西暦紀元前後頃より一二-三世紀にかけて多数現れた。
最初の形態のものは現在では知り得ないが、現存する経典の中で基本となるものは『小品般若経』等で、梵本の八千頌般若経に相当する。
次にそれが文章の上で増広拡大されたとみられるもの(反対に大品が小品に要約されたとみる説もある)が『大品般若経』等であり、梵本の二万五千頌般若経に相当する。
これらの般若経の形式とは異なり、比較的短く、それぞれ独立した経典の般若経類がある。
『金剛般若経』や『善勇猛般若経』等で『般若心経』もこの部類に入る。
この中で『金剛般若経』は『小品般若経』と年代の前後が問題になるほど古い成立とみられている。
更に般若経として最も遅い成立といわれるものに『理趣経』のような密教系の般若経類がある。
以上の外にも諸種の般若系経典があり、約四〇種を数えるといわれるが、玄奘三蔵が当時あった一六種の般若経を集大成し、十六会、六〇〇巻に纏めたものが『大般若波羅蜜多経』である。
以上の経典を異訳を含めて対照してみると次のようになる。
第一会は第一巻より第四〇〇巻に至るもので、これに縁起品より結勧品まで七九品があり、梵文十万頌般若に相当する。
第二会は第四〇一巻より第四七八巻に至る七八巻で、縁起品から空性品まで八五品があり、梵文二万五千頌般若に相当し、また無羅叉訳『放光般若経』二〇巻、竺法護訳『光讃経』一〇巻、鳩摩羅什訳『摩訶般若波羅蜜多経』(大品般若経)二七巻と同本である。
第三会は第四七九巻より第五三七巻に至る五九巻で、縁起品から宣化品まで三一品があり、梵文一万八千頌般若に相当する。
第四会は第五三八巻より第五五五巻に至る一八巻で、妙行品より随順品まで二九品があり、梵文八千頌般若に相当する。
また支棲迦讖訳『道行般若経』一〇巻、支謙訳『大明度無極経』六巻、曇摩蜱・竺法念訳『摩訶般若鈔経』五巻、鳩摩羅什訳『摩訶般若波羅蜜経』(小品般若経)一〇巻、施護訳『仏母出生三法蔵般若波羅蜜多経』二五巻と同本である。
第五会は第五五六巻より第五六五巻に至る一〇巻で、善現品から見不動仏品までの二四品で玄奘の初訳である。
第六会は第五六六巻より第五七三巻に至る八巻で、縁起品より付嘱品までの一七品があり、月婆首那訳『勝天王般若波羅蜜経』七巻と同本である。
第七会曼殊室利分は第五七四・五の二巻で、品名を立てないが、梵文七百訶般若に相当する。
また曼陀羅仙訳『文殊師利所説摩訶般若波羅蜜多経』二巻、僧迦婆羅訳『文殊師利所説般若波羅蜜経』一巻と同本である。
第八会那迦室利分は第五七六巻で翔公訳『濡首菩薩無上清浄分衛経』二巻と同本である。
第九会能断金剛分は第五七七巻で、鳩摩羅什、菩提流支、真諦の三師がそれぞれ訳した『金剛般若波羅蜜経』各一巻と、笈多訳『金剛能断般若波羅蜜経』一巻、義浄訳『能断金剛般若波羅蜜経』一巻と同本である。
第十会般若理趣分は第五七八巻で、梵文般若理趣百五十訶に相当し、菩提流支訳『実相般若波羅蜜経』一巻、金剛智訳『金剛頂瑜伽理趣般若経』一巻、不空訳『大楽金剛不空真実三摩耶経』一巻、施護訳『徧照般若波羅蜜経』一巻、法賢訳『最上根本大乗不空三昧大教王教』七巻と同本である。
第十一会布施波羅蜜多分は第五七九巻より第五八三巻に至る五巻である。
第十二会浄戒波羅蜜多分は第五八四巻より第五八八巻に至る五巻で、第十三会安忍波羅蜜多分は第五八九巻、第十四会精神波羅蜜多分は第五九〇巻、第十五会静慮波羅蜜多分は第五九一-二の両巻であり、第十一会以下の五会は玄奘の初訳である。
第十六会般若波羅蜜多分は第五九三巻より第六〇〇巻に至る八巻で玄奘の初訳である。
この『大般若波羅蜜多分経』に編入されていない般若経の中で、著名なものに『般若心経』があり『摩訶般若波羅蜜多大明呪経』(鳩摩羅什訳)、『般若波羅蜜多心経』(玄奘、般若・利言、智慧輪、法成の四訳)、『普遍智蔵般若波羅蜜多心経』(法月重)、『聖仏母般若波羅蜜多経』(施護)の異訳がある。
大乗仏教がどのように起ったのかは明確でない点があるが、一般に西北インドで法の三世常住を説いた説一切有部の小乗仏教に対し、最初に南インドで一切皆空を強調した般若思想系の大乗仏教が起ったといわれる。
それを纏めた初期の般若経は大乗仏教経典の先駆となり、般若経自体が幾種もの経典を生むと同時に、その思想の上に更に新たな思想を盛った大乗経典が生まれることになったといわれる。
《『遺文辞典』歴史篇「般若経(はんにゃきょう)」の項、『大蔵経全解説大事典』「〇二二〇・大般若波羅蜜多経(六百巻)」「〇二五一・般若波羅蜜多心経」の項、『大乗経典解説事典』「般若部」、『仏書解説大辞典』「大般若波羅蜜多経」「般若波羅蜜多心経」の項、『天台学辞典』「般若時」の項、『岩波仏教辞典』「般若経」の項》