文八
文八
ぶんぱち
繰り弁の一つ。
日蓮聖人は文永八年(一二七一)九月一二日、平頼綱、
極楽寺良観らの陰謀によって刑場竜口法難にあった。
この難は文永八年の出来事であったところから、略して「文八」と呼ばれている。
この文八と呼ばれる弁には祈雨の弁・召捕の弁・諫暁八幡・切通しの弁・四条訣別の弁・ぼた餅供養・日朗身替り・土壇場・行合川・星下り・日朗土の牢・朗師土の牢・依知御発足、等の一三講話がある。
しかし一般に文八と呼んだ場合、以上一三講話中の「四条訣別の弁」を指す。
本弁の内容は、日蓮聖人を裸馬に乗せ鎌倉の大路小路を引き回し、御霊神社の社頭にさしかかった時、聖人は青年信者四条金吾頼基に最後の別れをしたく、童子熊王四郎に金吾の館に注進を依頼した。
金吾兄弟四人は聖人の一大事といって死装束の経帷子をまとい、刑場へと急いだ。
途中聖人に逢った金吾は腹十文字にかっさばき聖人と共に死ぬといった。
聖人は金吾兄弟の覚悟に喜んだが「最後の様見届けて、末代の弟子檀方に語らせ給え」と言い残した。
兄弟四人は泣く泣く御馬の口に取りすがり、刑場竜口ヘと向って行った。
以上の内容を情景豊かに講談調で語り、信者に不惜身命の信仰を訴え感動させる弁である。