真言宗
真言宗
しんごんしゅう
日蓮聖人は真言宗と呼ぶ場合が大半であるが、また「密宗」(定三五六・三六五・二三五六頁)、「密家」(定六五一頁)、「大日宗」(定七七八・八七九・二三五六頁)とも呼ばれた。
真言宗とは詳しくは真言陀羅尼宗といい、『金剛頂瑜伽分別聖位経』に称する所である。
空海は『三学録』および弘仁一四年(八二三)の官符等にはこの宗名を明記している。
真言とは大日如来の身語意三密の語密を意味し、顕教では不可説の法身如来の果分の悟境を表示することのできる語の意味であるが、もし三密につくならば三密宗、教主大日如来につくならば大日宗と称してもよい。
大日宗の名は『大日経疏』七等に毘盧遮那宗の名が見え、『疏』一に瑜伽宗、『疏』三に秘密宗、『疏』四等に密教の名が見える。
『顕謗法鈔』に「真言宗には日本国に二の流あり。
東寺の真言(略)天台の真言」(定二六一、二六四頁)、『法門可被申様之事』に「真言宗大に分て二流あり。
所謂東寺・天台なるべし」(定四五一頁)とあるによれば、聖人は空海所立の宗と円仁所伝の密教とを共に真言宗と号した。
ただし東寺密教を東密、天台密教を台密と呼んだ例は遺文にはない。
また『神国王御書』に「総じて日本国には真言宗には八家あり、東寺に五家、弘法大師を本とす。
天台に三家、慈覚大師を本とす」(定八八一頁)というのは、安然以前に入唐して密教を将来した空海・恵運・宗叡・常暁・円行・最澄・円仁・円珍の八家をいい、前五家は東密、後三家は台密をいう。
台密を真言宗と称した例は円仁・円珍までは認められないが、安然になると盛んに用いた。
『教時義』の具名を『真言宗教時義』というが如し。
聖人もこれらに習われたのであろう。
〔所依の経論〕東密では善無畏訳『大日経』七巻、不空訳『金剛頂大教王経』三巻を金胎の両部大経といい、それに善無畏訳『蘇悉地経』三巻、同訳『略出念誦経』四巻、金剛智訳『瑜祇経』一巻を合して五部秘経と称して尊重す。
律としては『蘇婆呼童子経』二巻、『蘇悉地経』三巻、論としては『釈摩訶衍論』一〇巻、『菩提心論』一巻、その他に『大日経疏』二〇巻、『金剛頂経義訣』等を用い、祖書としては特に十巻章を重んじる。
一方、台密では『大日経』七巻、『金剛頂大教王経』三巻、『蘇悉地経』三巻を三部の秘経とし、それに『菩提場経』五巻、『瑜祇経』一巻を加えて五部の秘経とし、また三部の秘経に『菩提心論』一巻を加えて密の三経一論ともいう。
註釈としては一行撰『大日経義釈』一四巻、円仁撰『金剛頂大教王経疏』七巻、同撰『蘇悉地経略疏』七巻、円珍撰『菩提場経略義釈』五巻、安然撰『瑜祇経疏』三巻を五大疏として尊び、また安然撰『教時義』四巻、『菩提心義』一〇巻を台密の教相判釈の依憑として尊ぶ。
故に聖人が『真言天台勝劣事』(定四七七頁)『一代五時継図』(定二四一五頁)に真言宗は「三経一論」を依拠とするとされるのは、台密所依の経論を意味する。
付法相承・教理・教判・聖人の批判等については、たいみつ・とうみつ(台密・東密)の項を参照。
《福田堯頴『天台学概論』、清水谷恭順『天台密教の成立に関する研究』、勝又俊教『密教の日本的展開』、『遺文辞典』歴史篇「真言宗」の項、『日蓮聖人大事典』「日蓮聖人と真言宗・善無畏三蔵」の項、『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「真言宗」の項》