密教
密教
みっきょう
秘密教の略称。
天台宗の化儀四教でいう秘密教は具さには秘密不定教といい、同一会座の人が互に他を相知らず、また各々の得益を異にする人法倶不知の儀式をいうが、単に密教と称するときは一般に真言密教を指す。
即ち釈迦所説の顕教に対し、法身大日如来が自受法楽のために説いた教法をいう。
法身の自受法楽のための説法であるから完全に随自意語であり、随って東密では顕教は応身釈迦の説法であるから随他意説にして劣る(『弁顕密二教論』)として、顕劣密勝を立て、台密はこれに対して『大日経疏』や最澄の教学の伝統の上に立って顕密一致を建前とする。
所依の経は儀軌をも算入すれば六百部弱の多きに達するが、これに純部・雑部の二種があり、純部は大日如来所説の金胎両部(東密)、またはこれに蘇悉地部を入れて三部(台密)の経をいい、雑部とは釈迦如来所説の密経等の雑々の経をいう。
中でも台密では三部秘経とて『大日経』『金剛頂経』『蘇悉地経』を重んじ、東密では五部秘経とて、三部の外に『瑜祇経』『略出経』を加える。
日蓮聖人は開宗前には天台宗の伝統に順じて、密教を法華経に優越するものと判定していたが、次第にこの考えを脱却して『唱法華題目鈔』では明瞭に「大日経を法華経に対すれば、大日経は不了義経、法華経は了義経也」(定一九七頁)といい、漸次密教批判を加重して遂には台東両密を合せて真言亡国と評語された。
《金岡秀友『密教の哲学』、『遺文辞典』教学篇「密教」の項、『岩波仏教辞典』「密教」の項》