教法
教法
きょうぼう
教・行・証の三重の一、教・理・行・果の四法の一、教・行・人・理の四一の一。
仏所説の大小の三蔵・十二部経をいう。
三蔵とは経・律・論、十二部経とは経典を形式・内容の上から一二種に分けたものをいう。
聖人によれば「教とは釈迦如来所説の一切の経律論五千四十八巻四百八十帙(略)此の一切の経律論の中に小乗・大乗・権経・実経・顕教・密教あり」(定二四一頁)、「後漢の永平より唐の末に至るまで、渡れる所の一切経論に二本あり。
所謂旧訳の経は五千四十八巻也。
新訳の経は七千三百九十九巻也」(定九一八頁)と。
三重とは教によって行を起し、行を修して証果を得ることをいう。
『教行証御書』に「正法には教行証の三倶に兼備せり。
像法には教行有って証なし。
今末法に入ては教のみ有って行証なし」(定一四八〇頁)と三時の時運を教行証三重の具不によって示される。
四法とは、仏の説く声名句文によって所詮の義理を領解し、理によって戒定恵の行を修し、行満じて有為・無為の証果を得るをいう。
四一とは教(所説の教法)一、行(教によって修する行)一、人(修行する人)一、理(証られる所の法)一で、天台大師はこの四方面から法華経の三乗開会の意を示した。
五義の中の第五「教法流布の先後」(定二四三頁等)の教法も、「教法の邪正」(定六八三・一五八四頁等)の教法も仏所説の諸経説の意である。
《『遺文辞典』教学篇「教法」の項》