三乗
三乗
さんじょう
声聞・縁覚・菩薩をいう。
乗とは仏の教えを乗物にたとえ、その教法に乗じて迷の地より悟りの境に運ばれる意である。
声聞とは仏の教を聞いて無常を感じ、四諦の理を観じて世間に囚われない心を作り阿羅漢果を得る。
縁覚とは自然界の現象を観察して深意を覚る。
即ち因縁(十二因縁)によって辟支仏果を得る。
また辟支仏、独覚ともいう。
菩薩は、広義では大乗に帰依するものをいう。
菩薩は大心を発して仏道に入り、四弘誓願し、六波羅蜜(六度)を行じ、自利利他(自分もたすけ人をも済ける)の行を修し五一の行位を経て遂に仏果を証する者である。
法華経迹門は三乗差別観を斥けて、唯だ一仏乗あるのみと開会することを主眼とする。
日蓮聖人遺文中『撰時抄』に「此宗の心は、仏教は機に随ふべし。
一乗の機のためには三乗方便一乗真実なり。
所謂法華経等なり。
三乗の機のためには三乗真実一乗方便。
所謂深密経・勝鬘経等此なり」(定一〇一二頁)と見られる。
《『遺文辞典』教学篇「三乗」の項、『天台学辞典』『岩波仏教辞典』「三乗」の項、『天台学辞典』「三乗」「大白牛車」「羊鹿牛の三車」の項》