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四弘誓願

しぐせいがん #1142

四弘誓願

しぐせいがん

(1)菩薩の総願。
四弘誓・四弘願行・四弘行願ともいい四弘とも略称する。
すべての菩薩初発心に必ずこの大願を発す。
「弘」は所願の広く大きいこと、「誓」は自ら心に堅く誓うこと。 「願」は修行の満足を求めることを言う。
(一)衆生無辺誓願度とは、生死の苦海に沈淪する一切衆生を済度せんとする誓願
(二)煩悩無数誓願断とは、衆生の煩悩をすべて断じ尽し涅槃教導せんとする誓願
(三)法門無尽誓願知とは、諸々の法門を知り尽し、迷執から離れた真智を得んとする誓願
(四)仏道無上誓願成とは、無上の仏道を行じ成就せんとする誓願をいう。
法華経薬草喩品には「未だ度せざる者は度せしめ、未だ解せざる者は解せしめ、未だ安んぜざる者は安んぜしめ、未だ涅槃せざる者は涅槃を得せしむ」と仏の四誓願が説かれている。
日蓮聖人は『小乗大乗分別鈔』に「菩薩と申は必四弘誓願ををこす。 第一衆生無辺誓願度の願成就せずば、第四の無上菩提誓願証の願も成就すべからず」(定七七二頁)と述べられ、同様の文が『爾前二乗菩薩不作仏事』(定一四五頁)にもみられる。 日蓮聖人は第一の誓願を特に強調され、衆生無辺誓願度は菩薩の行の始まりであり、この誓願が満足することによって他の三も成就すると説く。
法華経では爾前諸経で焦種敗種と排斥された二乗はもとより、一切の成仏を説き顕す。 一念三千成仏を説く法華経においてのみ菩薩誓願は成就しうるのである。 これを日蓮聖人は『開目抄』に「釈迦・諸仏の衆生無辺の総願は皆此経にをいて満足す。 今者已満足の文これなり」(定五八一頁)と述べられている。
なお、四弘誓願の文は経論によって異説があり、第二句を『摩訶止観』(巻一〇)では「煩悩無量誓願断」、『法宝壇経』では「煩悩無尽誓願断」、『往生要集』(巻上)では「煩悩無辺誓願断」、第三句を『法宝壇経』では「法門無量誓願学」、第四句を『摩訶止観』では「無上菩提誓願成」、『法宝壇経』では「無上仏道誓願成」、『往生要集』では「無上菩提誓願証」とする。
このほか真言宗では「衆生無辺誓願度、福智無辺誓願集、法門無辺誓願学、如来無辺誓願事、無上菩提誓願成」の五句とする。
日蓮聖人が第四の誓願を「無上菩提誓願証」と記されているのは『往生要集』と同じである。
《『遺文辞典』教学篇「四弘誓願」の項》

(2)日蓮宗の現行法要式では、一般に「四誓」とよび、「回向」の次にこの文を唱えることになっている。 この法式は『充洽園誦儀記』十正修の構成に準拠するものである。
なお、四誓の代りに「四」(未者令、未解者令解、未安者令安、未涅槃者令得涅槃)の文を訓読にして唱えることも行なわれている。 そして、文終れば必ず玄題を三唱するのがきまりである。
『日蓮辞典』『岩波教辞典』「四弘誓願」の項、『台学辞典』「四弘願」の項

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