阿羅漢
阿羅漢
あらかん
梵語arhatの音写。
阿羅訶・阿羅呵・阿盧漢・阿梨呵・羅漢ともいう。
殺賊・不生・応供・応真・真人・離悪と訳す。
(1)声聞の四果(須陀洹・斯陀含・阿那含・阿羅漢)の第四位。
三界(欲界・色界・無色界)の見惑・思惑の煩悩を断じて尽智を得、修学が完成して学ぶべきことがなくなり、世の供養を受けるべき位に至ったもの。
『大智度論』巻第二に「復た、阿羅訶と名く。
云何が阿羅訶と名くるや。
阿羅を賊と名け、訶は殺と名く。
是を殺賊と名く。
(中略)復次に、阿を不と名け、羅訶を生と名け、是を不生と名く。
仏の心種子は後世の田中に生せず、無明の糠を脱するが故なり。
復次に、阿羅訶を供養を受くべきものと名く。
仏は諸の結使を除き尽して、一切の智慧を得たるが故に、一切の天地の衆生の供養を受くべし。
是を以ての故に仏を阿羅訶と名く」と阿羅漢の「殺賊」「不生」「応供」の三義を説く。
ただし梵語arhatには殺賊・不生の二義は当らない。
(2)如来の十号の一。
前項と区別するために、応供または阿羅訶を使用するが、意味は同じ。
ただし、大乗仏教が興起して以後は、阿羅漢の称は小乗の聖者の意味に限定された。
法華経序品で第一番に列座される声聞は「皆是阿羅漢」である。
《『遺文辞典』教学篇「阿羅漢」の項、『広説仏教語大辞典』『新版仏教学辞典』『岩波仏教辞典』『図説仏教語大辞典』「阿羅漢」の項、『天台学辞典』「阿羅漢」「阿那含」の項》