三界
三界
さんがい
梵語trayo dhātavaḥの訳。
(1)迷の衆生が生死を繰返す境界で、欲界・色界・無色界の三に区分される。
三界は迷の因果が尽きないことから三有(さんぬ)ともいう。
また輪廻することから六道(六趣)・五道(五趣)ともいい、住所の内容から九地に細分し、罪福の軽重を二十五に分類することから二十五有ともいう。
しかしいずれも十界の中の下六界(天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄)に即して種々細分したに過ぎない。
○イ欲界とは、食欲・性欲・睡眠欲等の種々の欲望が渦巻く境界のこと。
六道の中の地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界(二十五有では人四洲といって東勝身洲・南贍浮洲・西牛貨洲・北倶盧洲の四に分類される)、及び天界の中の六欲天(四天王天・忉利天・夜摩天・兜率天・化楽天・他化自在天の六天)がある。
○ロ色界とは、物質に対する欲のない境界。
ここは欲望の支配から離れた清い境界であるが、いまだ色法、即ち物質の制約を受ける境界である。
四禅天、即ち初禅の三天、二禅の三天、三禅の三天、四禅の九天の計十八天がある。
二十五有で分類する時は、初禅の大梵天と四禅の五那含天及び無想天を別出して三となす。
○ハ無色界とは、色法即ち物質のない境界で、欲望と物質の制約を超越した純粋な精神世界のこと。
天界の最上部で、空処(空無辺処の略)、識処(識無辺処の略)、無所有処、非非想処(非想非非想処の略)等の四がある。
法華経譬喩品に「三界は安きことなし、猶、火宅の如し」と言うのは、この欲界・色界・無色界のこと。
同経では、仏は衆生を救う為に機根に応じて暫らく三乗(声聞・縁覚・菩薩)の教えを説くけれども、その三界を出でた者には等しく一仏乗を与えることを三車火宅の譬をもって説いている。
「今この三界は皆これ我が有なり。
その中の衆生は悉くこれ吾が子なり。
しかも今この処は諸の患難多し。
唯我れ一人のみよく救護をなす」の詩句は、三界に流転する衆生を救わんとする仏の大慈悲心を述べたものである。
(2)無為解脱を対治道の別から断界・離界・滅界の三つに分かったもの。
『大毘婆沙論』第二九、『順正理論』第七二、『倶舎論』第二五等の所説。
(3)色界・無色界・尽界の三。
『長阿含経』第八、『品類足論』第五等の所説。
(4)仏界・衆生界・己界の三。
仏界とは三世諸仏の世界、衆生界とは己を除いた衆生の世界、己界とは己の一心のことで、天台学ではこれを三法ともいう。
《『遺文辞典』教学篇「三界」の項、定方晟『インド宇宙誌』、『広説仏教語大辞典』『新版仏教学辞典』『岩波仏教辞典』『図説仏教語大辞典』「三界」の項》