印
印
いん
(一)教義の規範となり、はたじるしとなるもの。
たとえば「三法印」など。
(二)印相、印契、密印などのこと。
密教で仏・菩薩・諸尊の悟りの内容を、具体的に器物や手指の形などに表したもの。
印には契印と手印がある。
契印とは刀剣・輪宝・宝珠など諸尊が所持する器具で表したもの。
手印とは手指で特別な形を結び諸尊の悟りを表したもの、また行者がそれを結ぶこと。
三密の中の身密。
行者は印を結ぶことによって本尊と一体となり、諸尊の悟りの力を身に受取って妙果を成就させるのである。
わずか十指の屈伸によって、手印の数は無量に変化するが、基本の形は十二合掌と六種拳である。
(図参照)
両手、十指はそれぞれ意味づけられ、たとえば次のように配当される。
左手=止・定・権・慈・理・月・内
右手=観・慧・実・悲・智・日・外
(五 蘊)
(五仏頂)
(五 根)
(十 度)
(十 度)
(五 大)
(拇 指)=識・輪・慧・智・禅・空
(人差指)=行・蓋・定・力・進・風
(中 指)=想・光・念・願・忍・火
(無名指)=受・高・進・方・戒・水
(小 指)=色・勝・信・慧・檀・地
また印を有相と無相とに分ける。
有相とは形、容態などに表されたもの。
無相とは印相の深義を体得すれば、特別な形に表さなくても一挙手一投足みな印を表すことをいう。
日蓮聖人は大日経には印真言があるから、法華に勝るという説を破し「法華は只三世十方の仏の本意を説て、其の形がとある、かうあるとは云うべからず」(『真言天台勝劣事』定四八二頁)、「そのうえ法華経には為説実相印と説て合掌の印これあり」(『真言見聞』定六五四頁)と述べられている。
『祈祷指南書』には「左右の十指を八葉の花形になし小指より親指まで指頭を段々に合せ次に手の掌を合わせ(略)両手を開き頂戴する」のを「当家合掌の印」とし、「諸印具足にして即ち為説実相の印とこころえるべき」とある。
また『法華験家訓蒙』には、「法華の印真言あり」、「即ち二火二水を以て内に相叉し檀度を以て力頭を押へ風を以て智を押へ禅を以て慧を捻す」(火・水・檀・力・風・智・禅・慧は指の名)とあるが、その根拠は不明である。
なお、本宗の修法師が木剣で加持をするときの左右の指の所作も、これを「印」とみなすことができよう。
《『遺文辞典』教学篇「印」・歴史篇「印」の項、『図説仏教語大辞典』「印契(いんげい)」の項》
図版