加持
加持
かじ
梵語アディシュターナadhiṣṭhānaの訳で、本来は仏の加護の意。
所持・護念とも訳される。
密教ではこれに特殊な解釈を施し、加は仏の加被・増加、持は衆生の摂持・任持の義であるとし、仏の大悲が衆生に加わり、衆生の信心に仏が応じて道交し合い、そこに即身成仏が達成されるとする。
即ち「感応道交」である。
空海が『即身成仏義』で、「加持とは如来の大悲と衆生の信心とを表す。
仏日の影、衆生の心水に広ずるを加といひ、行者の心水よく仏日を感ずるを持と名づく」と説明しているのはよく知られている。
そして仏の三密と衆生の三密が道交し合うことを三密加持といい、『即身成仏義』には「三密加持すれば(即身成仏が)速疾に顕はる」とある。
この、仏の加護を積極的に求めて災を除き、福を招き、所願を達成させようとするために行う行法や儀式をも加持というようになり、「お加持する」、「お加持を受ける」、「加持祈祷」という言葉が示すように、「祈祷」、「修法」と同義語に用いられるようになった。
即ち加持の第一義が即身成仏の実現にある真実門であるのに対し、この現世利益を強く打ち出した第二義的加持は、第一義に導くための方便門であるとされる。
日蓮聖人も教化の一助として、時に応じ加持祈祷を行ったことは遺文からもうかがえる。
たとえば、伊豆流罪の折に地頭伊東八郎左衛門の病悩を祈祷(『船守弥三郎許御書』定二二九頁)したり、母のために病気平癒の祈祷(『可延定業御書』定八六二頁)をしたりしている。
加持の目的を、息災(災難を防ぎ、無事を祈る)・増益(生産、財の豊かなることを祈る)・敬愛(他より信と愛を得ようとする祈り)・調伏(怨敵、魔障を退散降伏せしめる)の四種、またこれに延命を加え五種に分けるのが普通である。
本宗で現今行われている加持は、様々な面に及び多種多様である。
右の分類を離れて主なものを挙げると次の通りである。
(1)法楽加持=諸天に法楽を捧げるのを仏天法楽加持といい、その余慶の功徳を大衆が受けるように行う加持を大衆法楽加持という。
(2)祈念加持=国土安穏、五穀豊穣、雨乞いなど、国家・社会に対する祈念。
住居、事務所等に行う家祈祷(家祓い)、方除祈念、地鎮祭、上棟式、完工式、開眼式、閉眼式などがある。
(3)調べ加持、教化=憑霊などによって悩まされている者に対して、何が憑霊しているかを調べ、これを教化、得度退散せしめる加持。
本人自身に行う場合と、霊媒者の体に憑霊を移させて、これに修法加持する場合とがある。
これを寄加持という。
(4)当病加持等=当病平癒は加持祈祷の中心である。
だから「加持」を「加治」と書く場合もある。
病気の種別、症状に応じて、種々の加持作法がある。
また小児虫封じ、六三除、ほうろく灸のまじない、その他の封じまじないなども含まれる。
患者が重症その他の事情により、修法師の所に来れない時、その患者の衣服等に加持するのを陰加持という。
(5)種々の祈願=これは人間生活の様々な面に及んでいる。
例えば安産祈念、家内安全、進学成就、交通安全、商売繁昌、身体健全、良縁成就など。
その他、邪気払い、厄除けなどがある。
これらの加持修法の次第、作法等は口訣相承あるいは伝書で相伝されている。
この血脈相承口訣された如く、如法に修法するとき現の利生が顕れるところから、現加持、または験加持などと称する。
しかし直(じき)加持、陰(かげ)加持などに対して、願主を直接祈祷することを現加持といい、寄加持、しらべ加持を験加持と称する場合もある。
《『遺文辞典』歴史篇「加持」の項、『広説仏教語大辞典』『新版仏教学辞典』『岩波仏教辞典』「加持」の項》