現世利益
現世利益
げんぜりやく
神仏の教えを信じ受持し、供養・布施など宗教的善の行いをした果報として、現世において無病息災・招福等の利益を受けること。
現益、現報ともいい、「功徳を受ける」などともいう。
これに対し、後の世で受ける利益を「当益」といい、両者を合せて「現当二世の利益」という。
現世利益は、日本における宗教の流れの底に横たわるものであり、それは密教、修験道、民間信仰を始め、さまざまな形をとって現れている。
日蓮聖人において、現世利益とは、単に一個人の幸福の祈願にとどまらず、衆生の利益、社会・国家・世界の寂光土の出現をめざすものであり、しかも、それは『法華経』薬草品でいう「現世安穏、後生善処」にわたるものである。
だから現世の祈りもすべてが、法華経による仏道成就と結びつくものであらねばならない。
仏教の現世利益は、ともすると低級なものとして蔑視、批判、否定される。
教団側もこの批判を恐れ、変に合理的であろうとして、教義の面でこの問題を避けたり、抽象的に説明したり、無理に科学的解釈をほどこしたりしながら、自信のない加持祈祷を行ったりしている。
この間隙をついて出てきたのが新興宗教であるともいえる。
仏教の現世利益が誤解を受けやすいのは、現世の果報を説く仏典の一字一句のみを強調し、その仏典の文意を無視し、現世利益を仏教の目的そのものにしてしまうところにある。
現世利益の外面ばかり見ないで、内面を見なければならない。
それは人間が生きて行く上でのさまざまな切実な欲求が祈りとなり、これに応えていこうとする「慈悲」の発露である。
しかしながら、現世利益は宗教を低俗な次元へと引きずり込む一面をもっていることは確かである。
とくに修法にたずさわる者は心しなければならない。
《日本仏教研究会編『日本宗教の現世利益』、藤井正雄「現世利益」『日本人の宗教』二巻、『日蓮辞典』「現世利益」の項》