果報
果報
かほう
因縁によって得た結果と報い。
善悪の業因により善悪の果を得、善悪の縁により善悪の報いを受ける。
仏教の基本理念であり、因は種子、縁は風雨環境、果は結実、報は実の大小美醜貧富の差に例える。
果報は因縁によって生じ来り、三世にわたって連続する。
『諸経要集』に「過去の因を知らんと欲せば、其の現在の果を見よ。
未来の果を知らんと欲せば、其の現在の因を見よ」とある。
更に果報を三つに分け、
(一)順現業―過去に善も悪もなさず、故に現在の善悪の業が、今生で皆果報となる。
(二)順生業―過去に大善を行った故に今生で悪を作っても、その善を償い尽すまでは悪報がこないし、過去の大悪の故に今生に善根を積んでも、悪を償い切れず不幸が続く。
(三)順後業―過去の善悪の業が強い故に、今生未来までもその余残を受ける。
――とあるが、日蓮聖人はいかなる大悪も法華信仰の大善により、定業も能く転じて得現の果報を成ぜんと断ぜられている。
《『修験故事便覧』、『遺文辞典』教学篇「果報」の項》