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修験道

しゅげんどう #651

修験道

しゅげんどう

修験宗ともいう。 役行者小角を祖と仰ぎ、山岳で修行をして霊・神を修得することをとするの一派。
修験道は縄文時代以来の原始信仰・古神道・道教等の雑多な宗教的要素を含む一方、わが国固有の山岳崇拝と、神仏習合思想による密教の行法とが結合し、平安代に成立した。 従って最初から開祖、義、行法があったのではなく、永い年月を経て自然に成立したものである。 それ故に初めから修験道としての社寺の成立はない。 修験者(山伏)に親しまれる行場が多くの行人を輩出することによって、社寺も次第に変容したのである。
修験の徒の主たる行場は、金峰山・大峯山・吉野山・熊野山・石槌山・彦山・葛城山・箕面山・富士山・羽黒山・戸隠山・白山等である。 修験道の修行は入峰に始まり、超能力的なものを体得することを専らとした。 従って修験者は日月星の祭・神社の祭祀・荒神などの小祠の他に吉凶・運勢の卜占・巫術・祈祷・加持・憑祈祷・調伏・符呪・まじない等を行い、頭に髪を蓄え、手には数珠・錫杖、腰には刀、口には陀羅尼・観音経・阿弥陀経を誦すという異様な密儀をそえ、の力によって民衆から畏敬されていた。 これは同に民衆の信仰生活に特異な存在として大きく立場を占めたのである。
修験道系と神道系に分けることが出来る。 教系には金峰山から大峯にかけて練行する醍醐寺の三宝院を本拠とする真言宗の当山派と、熊野から大峯にかけて苦行する園城寺末の聖護院を本拠とする台系の本山派である。 この両院は徳川幕府の宗教統制に基づき、更に明確に分属されるのである。 明治五年(一八七二)には一廃止されるが、その後再興され、更に第二次世界大戦後の宗教法人令によって次の如く多くの派が生れた。 教系には修験道(岡山県)・修験宗(神奈川県)・修験宗(広島県)・金峰山修験本宗(奈良県)・石土宗(愛媛県今治市)・真言宗石鉄派(愛媛県西条市)・真言宗醍醐派(京都市)・新義真言宗湯殿山派(山形県)・真言宗修験派(香川県)・石鎚山真言宗(愛媛県)神道系には修験道教(東京都葛飾区)・神道国清教(東京都中野区)・石鎚教(愛媛県西条市)・大和教会(仙台市)等である。
《『岩波教辞典』『国史大辞典』七巻「修験道」の項》

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