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感応道交

かんのうどうきょう #2214

感応道交

かんのうどうきょう

衆生の感との応とが通り交わること。
道は「ゆく」「とおる」「かよふ」と訓む。
衆生の機感との応用とが互いに投合すること。
天台大師は『法華文句』において法華経の文々句々を因縁・約教・本迹・観心の四種に釈したが、因縁釈とは仏と凡夫との感応のあり方を釈することであって、巻一上に「因縁は亦感応と名く、衆生に機なければ近しと雖も見ず、慈善根の力は遠くとも目から通じ、感応道交す」という。
感応の仕方に横には四種あり、四悉檀に約して一々文々を釈するのは、そのためである。
縦には遠近の差あり、他経には遠の感応を説かずとして、化城喩品寿量品の説相に従って四種の感応の遠近を示す。
一には久遠下種・中間熟益・今日脱益、二には久遠下種・過去熟脱・近世脱益で地涌の菩薩がこれに相当する。
三には大通下種・四味為熟・王城脱益で今日の開示悟入の者、四には今世為種・次世為熟・後世為脱で、未来得度の者であるという。
日蓮聖人は種熟脱の三益に重んぜられたが、これを感応とは命名せず、「化の始終」(『本尊抄』定七一四頁)等といわれる。
感応の用語例は『聖愚問答鈔』に「汝今、一念随喜の信を致す、函蓋相応・感応道交疑い無し」(定三九〇頁)とあるのみ。
行者の受持の信行は感に当り、仏の倶出霊鷲山因行果徳自然譲与は応に当る。
《『遺文辞典』教学篇「感応道交」の項、『日蓮辞典』「感応道交」の項、『岩波辞典』「感応」の項》

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