久遠下種
久遠下種
くおんげしゅ
久遠元初に法華経を下種結縁されること、または下種結縁された人。
『法華文句』会本一に四通りの種熟脱を説く中の第一・第二に当る。
第一は「衆生久遠に仏の善巧を蒙り、仏道の因縁を種えしめ(種)、中間に相値て更に異の方便を以て第一義を助顕して之を成熟し(熟)、今日雨華地動して如来の滅度を以て之を滅度す(脱)」、第二は「復次に久遠を種となし、過去を熟となし、近世を脱と為す、地涌等是也」と。
これを湛然は『記』に扶釈して「初の二節を本眷属と名く」というから、要するに久遠下種された人は地涌の菩薩である。
ところが日蓮聖人によると、久遠下種・大通結縁の人は中間に悪知識に値て法華経を退転したために、五百麈点劫・三千麈点劫の間六道を輪廻した(定一一二・三二六・一一五〇・一七〇八・一九三三頁)といわれる。
これは地涌菩薩と共に久遠下種されたが、地涌は退転しなかったに対して、退転した人々である。
この人々は『本尊抄』に「在世の本門と末法の初は一同に純円也、但し彼は脱、此は種也」(定七一五頁)とあるように、仏の在世に再び法華経本門を聞いて脱益を得る。
また「又在世に於て始めて八品を聞く人天等、或は一句一偈等を聞て下種と為し、或は熟し、或は脱し、或は普賢(経)涅槃(経)等に至り、或は正像末等に小権等を以て縁と為して法華に入る」(定七一四頁)とあるように、在世脱益に洩れた少分の久遠下種の者、在世本門にて種益・熟益を蒙った者は正像二千年の間に熟し或は脱する。
故に末法には大体において久遠下種の者は存在しない道理であるが、一方、聖人は日本国に妙法五字を弘通する自分は上行菩薩、唱題修行する弟子信者は地涌の眷属であるといわれる。
従って末法に出現した地涌の菩薩、即ち久遠下種の者は、既に脱益を得た者の和光同麈であると考えねばならない。
《『遺文辞典』教学篇「久遠下種」の項》